北京五輪が終わり、案の定、ウクライナ情勢が動き始めました。米国の動きを封じるため、中露は極東海域でも示威行動を繰り返しています。中東でもイランの背後で暗躍し、米国との核協議を頓挫させるでしょう。世界は今年の経済減速が予想されていましたが、国際情勢の緊迫でさらに下押しされる可能性が高まります。成長エンジン不在、インフレ、金融政策転換、国際情勢緊迫等、今年の経済の先行きは予断を許しません。
2月17日、ジャカルタでG20財務相・中銀総裁会議が開催され、原油高騰等によるインフレ圧力抑制対策で連携することを確認しました。
インフレは各国で顕著になっており、1月の米消費者物価指数は前年同月比7.5%上昇と第2次オイルショック後の1981年以来、約40年ぶりの高い伸び。その背景にはいくつかの要因があります。
第1は当然、コロナ禍に端を発した世界的な金融緩和の影響。コロナ禍で苦境に陥った企業や個人の救済が主目的でしたが、緩和マネーの過半は投資マネーに転じています。
資金調達が容易になったため、世界全体の債務は膨張。日本円にして約2.6京円と推計。もちろん過去最大であり、対GDP(推計)比は250%強。その影響が消費者物価に顕れています。
第2に、景気回復と物流停滞。コロナ禍でも欧米中心に経済が回復軌道に乗る一方、人手不足、供給不足は継続。その結果、需給逼迫と物流停滞(ドライバー、トラック・船舶不足)が物価に影響を与えています。
中でも米国を入出港する船舶は奪い合い状態。とりわけ中国が多数の船舶を押さえていることなどが影響し、過去1年で輸送費は2.5倍に上昇。船種・航路によってはコロナ禍直後の2年前と比べて約8倍に跳ね上がっています。
第3にやはり中国による「爆買い」。とくに食料品に影響が出ています。例えば、中国の豚肉輸入量は2018年145万トンから20年528万トンに激増、現在は年間600万トンを上回るペースです。他の食材も同じであり、中国の所得向上も影響しています。
とりわけ餌となるトウモロコシ。食材、油やビールの原料、肥料や燃料にもなることから、産地米国でも中国が大量買付。価格はコロナ禍前の約2倍に上がっています。
第4に「グリーンインフレ」。これが意外に効いています。今やカーボンニュートラル、脱炭素は世界の潮流。脱炭素投資によるコスト高です。
化石燃料の開発・増産は停滞し、供給不足、価格高騰という悪循環です。グリーンインフレによって世界の物価は数%(おそらく最大3%)ポイント程度押し上げられるでしょう。
第5に国際情勢緊迫。ウクライナ、イラン、極東等、火種は尽きませんが、足許はロシアによるウクライナ侵攻。世界の原油需給のさらなる逼迫が予想されます。
ロシアのウクライナ侵攻が明確化した昨日(22日)のNY原油先物価格は一時96ドル台まで上昇。約7年半ぶりの水準です。
こうした状況は当然日本の物価に影響します。日本では消費者のデフレマインドの影響から小売価格への転嫁は容易でなく、企業物価が先行して上昇しています。
日銀が2月10日に発表した1月企業物価指数(2015年100)は109.5と前年同月比で8.6%上昇。指数水準としては比較可能な1985年9月以来、最高です。去年1年間の上昇率は過去40年で最大となっています。
とは言え、消費財価格にも確実に影響が出始めています。42年前の発売以来、10円に据え置かれていた子どもに人気の駄菓子「うまい棒」は12円に値上げ。たかが2円ではなく、何と20%の値上げです。
主要な原材料はコーン、大豆、植物油脂。コロナ禍発生直後の2年前と比較すると約2倍近い値上がり。包装資材・物流費・人件費上昇等も影響しています。。
他の商品もちょっと調べてみました。ティッシュペーパー、小麦粉やマヨネーズ等の家庭用食品は3月から10%から15%値上げ。醤油は大手メーカーが6%引き上げ。値上げは14年ぶりだそうです。コーヒーは10%から20%値上げしています。
日本の物価にとって、さらに気になるのは円安。日本は食料もエネルギーも輸入に頼っていることから、円安は輸入インフレにつながります。
今回のインフレ傾向で「長年のデフレマインドが解消される」というお気楽な解説をするTVニュースや新聞を見聞きしますが、そういう問題ではありません。
輸入物価高と円安。ダブルパンチでインフレ傾向が加速しつつあります。今年は日本経済にとって深刻な展開になるかもしれません。
大手ハムメーカーは、やはり3月から約250種の商品について最大15%値上げを発表。その際、値上げよりも気になる対応を聞きました。内容量を減らすという対策です。
価格を上げられない場合、あるいは価格だけではコスト増をカバーできない場合、内容量を減らして対応するとのこと。事実上の値上げであり、「ステルス値上げ」です。
既に昨年秋、大手菓子メーカーが15商品について内容量を減らすことを発表。理由はもちろん原材料価格高騰です。
さらに「容器の上げ底」も当たり前になってきました。メーカーやスーパーが特売日を減らす対応も広がっています。これらも「ステルス値上げ」の一種と言えます。
こうした中、新たな工夫も登場。デジタル技術を駆使し、価格を柔軟に変更する仕組みで売上・利益確保を図る「電子値札」です。
商品在庫数、利用客数、商品鮮度、賞味期限等のデータを分析し、需要が少ない時は価格を低くし、需要が多い時は価格を高くする仕組みです。
価格を弾力的に変更することから「ダイナミックプライシング」とも呼ばれる仕組みですが、スーパーなどが生鮮食料品等の販売に取り入れようとしています。
とは言え、こうした工夫では根本的なインフレ対策にはなりません。要するに「値上がりすると買わない」のは給料が上がらないからです。買わないから値段を上げられず、利益も上がらず、会社は儲からず、従業員の給料は上がらないという悪循環。
どこかでこの悪循環を止めなくてはなりません。「値下げ合戦」ではなく、コストに見合った価格を設定し、その価格でも買ってもらえる経済環境の構築こそが根本的なインフレ対策です。
日本人の給料がこの30年間横這いであることは、ようやく衆知の事実となりました。「安いニッポン」の現実。コストを転嫁できない日本。その背景にあるのが日本の給料の伸び悩みです。
元財務長官ローレンス・サマーズは経済紙のインタビューで「日本がまやるべきことは、企業が給料を引き上げ、人々が今まで以上に豊かさを感じること。日本政府は財政支出を増やすことができるはずであるし、減税する余地もある」と指摘しています。
さらに「他国も日本のように経済停滞とインフレが同時に起きるリスクがある。日本が長年の課題を乗り越えることができれば、日本モデルは有力な参考になる。簡単ではないが、最も重要なことは問題を直視し、そこに立ち向かう決断を下すこと」と言及。
そのうえで「米国でも日本と同じ問題に直面する可能性がある。インフレが加速し、給料の上昇を上回るペースで物価が上がれば、人々の生活は苦しくなり、失業が増える。それは重大なリスクだ」と述べ、米国の日本化を懸念。
「給料が上がらない」「コスト高を価格に反映できない」日本ですが、別の面もあります。昨年9月末の国民の金融資産(預金、株式等)は過去最高の1999兆円。給料が伸びない一方での、この歪(いびつ)さ。
コロナ禍対策の金融緩和で投資マネーが膨張。投資家層は潤っています。ある海外投資ファンドのインタビュー記事では現在の状況を「パンデミックのおかげ」と表現しています。
投資マネーはあらゆる対象に向かいます。住宅も当然対象であり、昨年の米国住宅価格は42年ぶりの上昇率を記録。住宅投資でキャピタルゲインを狙う動きが顕著です。
投資ファンドも住宅ローンを組んで投資する人が増えていることに着目。住宅ローン関連金融商品への投資を加速。住宅ローンによる不動産投資ブームを映じて世界の家計債務は過去最高55兆ドルに膨張。サブプライム危機直前を彷彿とさせます。
しかし、米国30年物住宅ローン平均金利が2月入り後に急上昇し、2019年10月以来の4%台乗せ。低金利ローンを抱えた家計は金利上昇局面で打撃を被ることから、過熱した住宅投資に調整局面が迫っています。
米国以上に激しい不動産バブルになっているのが韓国。ソウルの不動産価格は平均年間所得の18.5倍と過去最高。家計負債総額はGDP比120%に達しています。
ところが、ここに来て変調。今年に入って不動産取引が急減。取引減少は市況が上昇から下落に転換する重要なシグナル。ソウルのマンション価格も1月から下落し始めました。
日本の1990年バブル時に比べると、今回の韓国は家計の債務増加が顕著です。韓国でバブル崩壊が生じると、その影響は家計に大きく出るでしょう。
中国の不動産市場もGDPの約3割を占めています。不動産バブル崩壊は個人消費や地方政府の財政を圧迫し、経済減速に直結。中国不動産バブルも要注意です。
かく言う日本も他国の心配ばかりしていられません。東京のマンション価格は1990年バブル時超え。給料が上がらないと言っている一方で不思議な感じですが、そこには中国、台湾、韓国、米国等からの投資マネーも流入しています。
コロナ禍の景気を支え、世界にインフレを起こす原因となっている各国中銀の緩和政策による大量マネー。しかし、その風向きは変わり始めています。
米国ではFRB(連邦準備制度理事会)がインフレ抑制を優先して3月にも利上げするという観測が強まっています。前述のとおり、40年振りのインフレになっている米国。議会でも「コロナの次の米国の敵はインフレだ」という発言まで飛び出しています。
利上げ観測を受けて米10年国債利回りは2年半振りに2%超え。最速ではFRBが3月15日16日のFOMC(連邦公開市場委員会)で0.5%利上げを行うと予想されています。
FRBはコロナ禍でリーマンショック時の2.5倍のマネーを市場に供給。パウエル議長は2月11日「積極的な金融緩和策はもはや必要ない」と明言しました。
米国の利上げは各国に流入していた資金が米国に戻ることを意味します。ドル買いの動きが強まり、ドル高と新興国通貨安が進みます。IMF(国際通貨基金)は新興国に対して自国通貨安に備えることを求める書面を公表。異例のことです。
BOE(英イングランド銀行)も昨年12月に利上げに踏み切り、今月3日にも追加利上げしました。年内にさらに複数回の利上げが予想されます。
日本も判断を迫られます。世界の金融緩和転換に追随するのか、独自の超金融を続けるのか。既に長期金利は上昇気味です。
3月14日、日銀は10年物国債利回りを日銀が許容する上限0.25%以下に抑えるため、国債を指定した値段で無制限に買う「指値オペ(公開市場操作)」を実施。約3年半ぶりの「指定金利で無制限に国債を買い入れるオペ」です。つまり「指値オペ」をやらないと金利上昇を抑えられなくなっているということです。
短期金融市場でも、2023年春以降のOSI金利がプラスに浮上。日銀の利上げを織り込む動きです。23年4月の黒田総裁任期切れ後の政策変更を見越しています。
変動金利と固定金利の金利スワップを行うOIS(Overnight Index Swap)市場。日本語では翌日物金利スワップ市場と呼ばれ、翌日物レート(複利運用)と数週間から2年程度までの固定金利を交換する金利スワップ(デリバティブ)取引を行います。
専門的な話は割愛すると、OISには政策金利の見通しが反映されており、市場の先行きの予測を示しています。日銀がマイナス金利導入を決めた2016年1月以降、OIS金利がプラス圏に転じることはありませんでした。
2013年に始まった異次元緩和政策は既に「事実上の正常化」に入ったとの見方もあります。日銀が市場に流すマネーの量を示すマネタリーベースは、コロナ禍対応分の資金供給が剥落する今夏以降に2013年以降で初めて前年比で減少に転じる見通しです。
市場は、さらにマイナス金利や長期金利誘導目標の修正が行われると予想していますが、今の日本経済は超低金利を前提としており、政策転換は政府債務にも住宅ローンにもダメージを与えます。因みに、異次元緩和後に政府債務は22%増えています。
一方、欧米中銀が金融引締に転じる中で日銀が緩和を維持する場合、金利差拡大に伴って円安が進みます。輸入物価は上昇し、さらにインフレ傾向が強まります。
日銀は依然として「円安は全体として経済にプラス」としていますが、その見解もそろそろ修正が必要でしょう。
株価も転換点です。日経平均は年初1月5日に29388円の高値をつけ、その後は米国の金融政策転換の兆しを睨んで徐々に水準を切り下げ。1月27日に26044円の下値確認後、2月10日に27880円まで再上昇しましたが、同日、米国の1月消費者物価指数が発表され(前述のとおり約40年ぶりの高水準)、翌日以降は下げ展開。22日は26449円。ウクライナ侵攻が始まったことから、24日以降はさらに下げる可能性があります。
日経平均と米利上げ回数には連動性が見られます。利上げの織り込みが進むにつれて、概ね日経平均は切り下がっていきます。
現状、市場はFRBの年内4回の利上げを織り込んでいます。日米金利差拡大による投資資金流出、円安、輸入インフレ、国内景気減速というロジックでの水準切り下げです。
インフレを密かに喜ぶのは政府でしょう。2月16日、格付会社フィッチは、インフレによる各国政府債務対GDP比の低下は過去20年で最大になるとの予測を発表。
米国は約5%ポイント、英国4.6%ポイント、カナダ4.1%ポイント、格付対象120ヶ国の政府債務比率はインフレで約2%ポイント低下すると見込みます。
米国の利上げ、ウクライナ情勢等を睨み、これから3月にかけて金融市場は神経質な展開になるでしょう。
(了)