政治経済レポート:OKマガジン(Vol.484)2022.4.3

ロシア軍がキーウ(キエフ改め)から撤退との報道。真偽のほどはわかりません。同時に、撤退後には多くの民間人の遺体が散乱し、ロシア軍は家々や遺体にまで地雷を仕掛けているとの情報もあります。空前絶後の残虐さです。プーチンの今後がどうなるかは見通せません。停戦に至っても、常に身の危険に備える生活が一生続くでしょう。国際社会の平和のために微力ながら何ができるか、自問自答します。


1.支持基盤の異変

プーチン大統領には3つの支持基盤があると言われています。

第1の基盤は「シロビキ」と呼ばれる軍、諜報、警察組織です。大統領自身がKGB諜報員だったほか、ソ連崩壊後にKGBの後継組織FSB(連邦保安局)長官を務めたことから、シロビキは大統領直轄組織となっています。

プーチン大統領は「チェチェン戦争」「ジョージア戦争」「シリア内戦介入」「クリミア併合」「ウクライナ内戦介入」「対IS」「カザフスタン民衆鎮圧」等、戦争や紛争介入の成果を誇って国内支持基盤を維持してきました。

ところがウクライナ侵攻の約1ヶ月前、「全ロシア将校協会」が「ウクライナ侵攻計画中止」と「プーチン辞任」を求める公開書簡を発表しました。つまり、支持基盤であるはずの軍将校たちが反旗を翻しています。

公開書簡をまとめたイヴァショフ退役上級大将はYouTubeに登場してプーチンを批判。書簡には「ロシアは間違いなく平和と国際安全保障を脅かす国のカテゴリーに分類され、最も厳しい制裁の対象となり、国際社会で孤立し、おそらく独立国家の地位を奪われる」と記されています。

諜報機関では、 プーチンにウクライナ情勢を報告する立場にあったFSB第5局ビセーダ局長が自宅軟禁されたと報道されています。

ロシア独立系メディアがFSB筋の情報として「第5局はプーチン氏に楽観的な情報を報告し、2~3日でゼレンスキー政権を打倒できるとの判断につながった」と伝えています。

第2の基盤は「オリガルヒ」と言われる新興財閥集団です。大統領就任以前から従っている「旧財閥」と大統領就任後に忠誠を誓った「新財閥」の2つに分かれています。

「旧財閥」は、プーチンが東ドイツでスパイ活動をしていた時期、あるいはサンクトペテルブルグ副市長時代に関係ができたグループです。国営石油会社CEOセーチンと国営ガス会社ガスプロムのCEOミレル等が代表的人物です。

「新財閥」はプーチンが大統領になる前の1990年代に台頭したグループ。「クレムリンのゴッドファーザー」ベレゾフスキー、「ロシアのメディア王」グシンスキー、「ロシアの石油王」ホドルコフスキーの3人が代表的人物です。

この3人は、2000年から03年にかけてプーチンと対立。ベレゾフスキーとグシンスキーは国外逃亡、ホドルコフスキーは2003年に逮捕されてシベリア送り。2013年に釈放され、国外に逃れました。「新財閥」の超大物3人の失墜は、他の財界富豪がプーチンに恭順を誓う契機となりました。

しかし、その「オルガルヒ」も経済制裁で甚大な被害を被っています。欧米諸国に保有する「オルガルヒ」の金融資産や不動産等を差し押さえる動きが広がっています。

そんな中、2020年ロシア1位の富豪、金属大手ノリリスクニッケルのポターニン会長が撤退外国企業の資産没収(国有化)を公然と批判。

「国を100年あまり逆戻りさせる措置」「1917年の革命以前の混乱した時代に逆戻りする恐れ」「今後数十年にわたって世界の投資家からロシアに不信感が向けられる結果になる」と述べたそうです。

第3は「メディア」です。プーチンは2000年代にロシアの3大テレビ局は「ロシア1」「1カナル」「NTV」の支配に成功しました。どの局もプーチン批判は全くしません。

しかし、その「メディア」でも反プーチンの動きが広がっています。3月14日、国営テレビ「1カナル」のニュース番組中、同局の女性スタッフが「反戦プラカード」をもって画面に現れた映像が世界で放映されました。

この女性スタッフはYouTubeに投稿した動画の中で「今ウクライナで起きていることは犯罪だ。ロシアは侵略国だ。責任はプーチンにある」「1カナルで働き、クレムリンのプロパガンダを行ってきたことはとても恥ずかしい」「テレビでウソをつくことを許してきたことが恥ずかしい」「ロシア人をゾンビ化することを許してきたことが恥ずかしい」などと語っています。

同じように考えているメディア関係者は少なくないようです。テレビ局のキャスターや記者が続々と辞職し、国外に脱出しているそうです。

プーチンを支える3つの支持基盤「シロビキ」「オリガルヒ」「メディア」の異変に注目です。情報収集と分析が必要です。

2.経済制裁の返り血

ロシアが勝利しても、制裁は解除されず、経済は低迷し、プーチンの支持は低下するでしょう。敗北すれば、プーチンは失脚するかもしれません。

先のことは予測不能ですが、ロシアに対する経済制裁は、制裁する側にも反射効果が及んでいます。いわゆる「返り血」です。

岸田総理はG7で「ロシアもウクライナ侵攻によって経済的な影響を受けている国を、G7が協調して支援することが重要だ」と述べていましたが、日本自身もかなり影響を受けています。

ファーストリテイリングはロシア国内50店舗営業停止、トヨタ・日産等のサンクトペテルブルク工場稼働停止、日本郵船等のロシア発着コンテナ引受停止、JAL・ANAは迂回飛行でフライト長時間化とコスト高。事例は枚挙に暇がありません。

食品にも影響が直撃。ロシア領空を飛ぶ貨物便で輸送されていたノルウェー産生サーモン、ロシア産のカニ・サケ・マス等は入手困難化。物流コストの影響で価格も上がっています。

世界の輸出量の約3割をロシアとウクライナが占める小麦価格も急騰。小麦粉を使うパン、カップ麺、パスタ等、幅広い食品価格が上がっています。

プーチン大統領はロシアから撤退する企業の資産を国有化すると宣言。そうなると簡単に撤退できません。典型例は日ロ共同事業サハリン2です。

サハリン2はロシア初のLNGプロジェクトで、ロシア国営ガスプロム50.1%、シェルが27.4%、三井物産12.5%、三菱商事10%の出資比率です。1980年代に三井物産が参入したことから始まり、2009年に操業を開始しました。

生産量のうち約6割は日本向け。長期契約で量やコストも安定。3日で日本に届き、中東ホルムズ海峡のように危険な海域を通る必要もありません。因みに、中東産は輸送に約3週間かかります。

サハリン2からのLNGは、東京電力と中部電力が出資するJERA、東京ガス、大阪ガス、東邦ガス、九州電力、東北電力などが調達。広島ガスは調達量の約5割を占めます。

2月28日、シェルがサハリン2から撤退。三井物産と三菱商事は追随しない方針です。撤退すれば資産は没収されるうえ、日本が撤退しても操業は続き、ロシアへの制裁になりません。また、撤退すれば中国に権益を奪われるでしょう。中露が極東の資源権益を独占することは、外交やエネルギー安全保障の面で日本にとってはマイナスです。

経産省や伊藤忠商事、丸紅等が参画する原油開発事業サハリン1も事情は同じです。今のところ、日本としてはサハリン1、2からの撤退という選択肢はありません。

日本以上にロシアの化石燃料への依存度が高いのがEUです。EUは原油の約3割、天然ガスの約5割をロシアに頼り、エネルギー分野を制裁の例外にしたままです。

中でもドイツは、12年に完成した独露間をバルト海経由で結ぶ天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム」に加え、ウクライナ経由等合計6本のパイプラインを通じてロシアから天然ガスを輸入しています。

EUがロシアの化石燃料から即時脱却するのは困難です。EU首脳は3月11日、パリで防衛力強化とともに、ロシア産化石燃料からの脱却を盛り込んだ「ベルサイユ宣言」を採択しました。

しかし、採択後の記者会見でフォン・デア・ライエン委員長は脱却目標時期を問われ、「5年先の2027年」と回答。EUの建前と本音が透けて見えます。

EU向け化石燃料の輸出が止まれば、EUも苦しいですが、ロシアも収入を失います。しかし、ロシアは西の顧客(EU)喪失に備え、東の顧客(中国)の販路を開拓しています。

ロシアと中国を結ぶ天然ガスパイプライン「シベリアの力」が2019年12月に開通しているほか、今年2月には中国への供給量拡大で合意。モンゴル経由の「シベリアの力2」も建設中です。

先日、SWIFTに代わるロシアSPFSや中国CIPSのこともお伝えしました。決済網、エネルギーとも、中露両国は周到に次の展開を想定していると言えます。

むしろ、西側諸国の方が中露両国に政治的に厳しい姿勢で臨みながら、経済、資源的には依存している構図です。

3.国連総会決議377A

2月25日、ロシア軍の即時撤退等を求める安保理決議案がロシアの拒否権発動によって否決されたことを受け、米国とアルバニアがESS「緊急特別会期/会合(Emergency Special Session)」の開催を提案しました。

ESS開催には安保理の9ヶ国以上の賛成が必要でしたが、27日に採決を行い、米欧など11ヶ国が賛成。ロシアが反対、中国、インド及びUAE(アラブ首長国連邦)が棄権。

安保理は直ちに事務総長にESSの開催を要請し、40年ぶり、国連史上11回目のESSが開催されました。

そして3月2日、ロシアに対して軍事行動即時停止を求める決議案が141ヶ国の圧倒的賛成多数で採択されました。

このESSは、1950年11月3日に総会で採択された「平和のための結集(Uniting for peace)」決議(総会決議377A)に基づくものであり、拒否権の弊害への対策です。

そもそも拒否権は、国連による集団的安全保障制度を実効性を確保するために考案、導入されました。

ところが、冷戦開始とともに拒否権は濫発、濫用され、むしろ常任理事国の利益のために拒否権を行使するという弊害が目立ち、国連設立当初に想定した集団的安全保障体制が機能しなくなりました。

そのため、拒否権濫用防止のために編み出された手法のひとつが「平和のための結集」決議です。

この決議は、安保理が拒否権のために行動を妨げられた時は、総会に審議の場を移し、総会の3分の2の多数で集団的措置を勧告できるものです。

つまり、安保理が国際社会の平和および安全の維持のために果たすべき機能を総会が代行し得るようにする工夫です。

今回のESSでは、「軍事行動の即時停止を求める」でしたが、ほかにもバリエーションがあります。

停戦勧告などの事態の悪化防止への暫定措置の要請(憲章第40条)、経済制裁や金融制裁などの非軍事的強制措置の適用(同41条)、海上封鎖などの軍事的強制措置の適用(同42条)、国連軍の組織と制裁行動(同43条)です。

3月23日、国会内でオンライン演説したウクライナのゼレンスキー大統領は、国連安保理がロシアの拒否権によって機能不全に陥っている現状を念頭に「国連改革が必要だ。日本のリーダーシップが大きな役割を果たせる」と発言しました。

ロシアの今後の対応次第では、日本が主導してさらなる「平和のための結集」決議に基づいたESSを開催し、平和維持部隊の派遣を含む軍事的強制措置を採択してほしいとの思いが十分に伝わってきました。

拒否権は国連憲章第2条第1項に規定する加盟国の主権平等原則に反する制度であって、時代錯誤的で非民主的であるという批判を浴び続けています。

冷戦終結を受けて、国際社会の平和と安全の分野で国連が主導的な役割を果たせるよう、安保理の機能強化を進めるべきとの議論が高まり、1993年、国連総会決議により安保理改革に関する作業部会が設立されました。

2003年頃から、各国首脳が国連改革について政治的決定を行うべきとの機運が徐々に高まり、2004年9月以降、ブラジル、ドイツ、インド、日本(G4)で連携し、常任理事国及び非常任理事国の拡大(議席増加)を目指し、各国に精力的な働きかけを行いました。

2005年7月には、G4を中心に作成した常任6議席、非常任4議席を新たに追加する決議案を32ヶ国共同提案で国連総会に提出しましたが、紆余曲折を経て、2005年9月の第59回国連総会会期終了とともに廃案となりました。

ウクライナ危機をめぐり、国連の存在意義が問われています。日本は改革の先頭に立てるでしょうか。

しかし、上述のとおり、西側諸国が経済や資源で中露に依存している状況では、改革の実現可能性は低いと言わざるを得ません。

(了)

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