77回目の終戦記念日です。戦争で犠牲になった全ての皆様に哀悼の誠を捧げます。既に鬼籍に入っている両親は戦争世代。大正11年生まれの父は学徒動員の海軍将校としてシンガポール沖の駆逐艦上で終戦を迎えたそうです。二度と戦争の災禍を繰り返さないことが重要ですが、そのためにどうすべきか。正解はありません。社会実験もできません。「正直に」「偏らず」「現実的に」対応することが肝要と考えます。
日本学術会議は1949年設立の内閣府特別機関。国単位で加盟する国際学術機関構成員になっており、国の予算を財源として国際分担金も負担している。
発足当初は研究者による直接選挙で会員を選出。「学者の国会」とも呼ばれ、戦後の科学技術政策に影響力を発揮。しかし、科学技術庁設立等の環境変化に伴って1970年代には影響力が低下しました。
1983年の法改正により、会員は登録学術協力団体の推薦に基づく内閣総理大臣の任命に変更。以来、学者の名誉職のような性質が強まりました。
1950年、日本学術会議は戦争目的の科学研究を行わない旨の声明を発表。1967 年にも軍事目的の科学研究を行わない旨の声明を発表。
その後、科学技術と安全保障の関係が密接化。大学等における研究のあり方が論争の的となってきました。
2015年、防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」を立ち上げ。大学、研究機関、企業等に研究資金を提供し、その研究成果を活用する試みです。
2年間で153件の応募があり、19件の研究を採択。2017年度には「軍事的安全保障研究制度」もスタートさせ、予算を大幅増額。デュアルユース(軍民両用)技術開発がイノベーション促進の契機にもなると期待されました。
こうした動きを受け、日本学術会議は2016年6月から「安全保障と学術に関する検討委員会」を設け、2017年、50年振りに声明を発表。1950年、67年の声明内容を継承し、「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と指摘しました。
もっともなようにも聞こえますが、その一方で日本人研究者が中国に渡航して事実上の軍事研究に協力したり、中国人留学生、中国人社員が日本の技術を持ち出す事案が頻発。
中国は技術獲得を組織的に行っており、通称「千人計画」を遂行。「千人計画」についてはメルマガ413号(2019年1月9日)をご覧ください。
日本学術会議の深層については、オウム真理教への破防法適用に反対したり、元号廃止・西暦導入を申し入れるなど、政治的指向性にバイアスがかかっているとの指摘も聞きます。菅政権での任命拒否問題の背景には何らかの事情があったと推察します。
先月27日、日本学術会議はデュアルユース技術について、それ以外の技術と「単純に二分することはもはや困難」とする見解をまとめ、科学技術担当大臣に提出しました。
デュアルユースも念頭に置いて、文科省、経産省等が約5000億円を助成する「経済安全保障重要技術育成プログラム」の公募が今年度からスタート。こうした動きも踏まえ、デュアルユースに関する考え方を整理したと言えます。
政府や防衛当局がデュアルユースに着目する背景には、軍事技術と民生技術の境界が曖昧化している現状とともに、コスト削減インセンティブもあります。
防衛装備品のCOTS(Commercial-off-the-Shelf)化が進展しており、民生用や民生規格を採用することでコスト削減を図っています。
今年の通常国会で成立した経済安全保障法に議論において、セキュリティ・クリアランス(身元保証)の重要性を指摘しました。
現行法にはまだ含まれていませんが、「安全保障貿易管理」という概念の下、研究者のバックグラウンド・チェック、データ持出チェック等を呼びかけるようになったのは良いことです。遅きに失していますが、当然のことです。
安全保障の観点から「サプライチェーンの強靭化」「基幹インフラの安全性・信頼性の確保」「官民技術協力」「特許出願の非公開化」の4点への対応が必要です。
今回の経済安全保障法で特許非公開が可能となりましたが、第1弾の対象分野、対象技術は今年末に指定されます。
一般的には、特許出願された内容は出願後1年半経過後に公開されます。出願技術を早期公開することで産業発展を促すためとの大義名分の下、出願人は発明内容公開の対価として特許登録された発明に関する独占権を与えられます。
一方、公開自体が国家リスクになる発明も存在します。他国への技術流出、敵国やテロリストの武器開発が懸念されます。そうした技術が経済安全保障法の非公開対象です。
戦前、軍事機密性を要する発明特許は非公開とされていましたが、戦後の1948年、当該制度は廃止。以後、全ての発明が公開されてきました。
諸外国では、機微技術に関する特許非公開化は一般的です。G20諸国の中で同様の制度がないのは日本、メキシコ、アルゼンチンだけでした。
米中対立激化、極東情勢緊迫化等を背景に、安全保障上、重要な製品や技術を他国へ流出させないための取り組みが研究現場にも求められています。
軍民両用で使われる製品や技術を「デュアルユース」と称する一方、軍事用としてのみ使用されるものは「シングルユース」です(民生用のみの場合にはあまり言いません)。
デュアルユースの場合、軍事用が民生用に転用される場合を「スピンオフ」、逆に民生用が軍事用に転用される場合を「スピンオン」と言います。
軍事技術開発に膨大な資金が投入されている米国ではスピンオフの事例が多く、逆に軍事技術開発が小規模な日本ではスピンオンの事例が多くなっています。
20世紀、とくに1980年代まではスピンオフの事例が多かった一方、産業IT化が加速した1990年代以降、とりわけ21世紀入り後はスピンオンの事例が激増。民生技術と軍事技術の区別が困難化しています。
民生技術が想定外の軍事利用に至るケースを「デュアルユース・ジレンマ」と言いますが、もはや際限がない状態です。
軍事用は高い性能や信頼性が要求されるため、例えば米国ではMIL規格(United States Military Standard)が定められています。民生技術をスピンオンする際には、軍事用に改良改造が行われる場合が多いと聞きます。
古今東西、軍事用と民生用の技術を区別することは困難です。洪水や浸水被害防止の土嚢(どのう)すら戦闘でも使います。
スピンオンの事例です。鉄条網は獣や泥棒除けとして作られましたが、戦場でも対人障害物、陣地構築資材として利用されるようになりました。ナイロン等の合成繊維は撥水性が良く、軍服や防弾チョッキに応用されています。
1916年、第1次大戦で英軍が投入した戦車「マークⅠ」は、農業用トラクターの無限軌道(履帯<りたい>、不整地走行が可能な「キャタピラー」)技術の応用です。
同じく第1次大戦で独軍は化学産業で使用されていた化学物質を利用して毒ガスを開発。農業用の化学肥料は爆薬の原材料になりました。
独玩具メーカーの「ぜんまい」は小型で信頼性が高く、砲弾や爆弾信管の生産工程に活用されました。
最近では、電卓表示用に開発された液晶ディスプレイが様々な兵器に転用。スマフォやタブレット端末も軍事転用されており、IT化の進展はCOTS事例を激増させています。
インターネットは米国防総省高等研究計画局の研究が起源であり、軍事基地・施設間の通信網としてスタートしました。
スピンオフの例も枚挙に暇がありません。1946年の世界最初の電子コンピュータENIACは弾道計算用に開発されました。つまり、コンピュータは典型的スピンオフの例です。
世界初の原子炉「シカゴパイル1」はマンハッタン計画(米軍による原爆開発計画)で製造され、以後、原子力発電に転用されました。
ドイツ軍「V2ロケット」は人工衛星打ち上げ技術に発展。電子レンジは米レイセオン社のレーダー技術の副産物として誕生しました。
米軍GPS(グローバル・ポジショニング・システム)は衛星測位システムとして活用されています。因みに、GPSは米軍由来の固有名詞。一般名詞はGNSS(Global Navigation Satellite System、全球測位衛星システム)。GNSSは日本では準天頂、中国では北斗等々、各国で呼称が異なります。
軍事衛星から地表を観測する際の大気の揺らぎを補正する補償光学技術は、今では民間衛星や地上から宇宙を観察する天体望遠鏡に必須の技術です。
無人航空機は1935年に初飛行した英軍無人標的機「Queen Bee」がルーツ。1970年代以降、標的機、対敵レーダー囮(おとり)用、偵察任務等に本格活用。今では農薬散布、航空写真撮影等々、民生用として幅広く利用されています。
無人航空機UAV(Unmanned Aerial Vehicle)が「ドローン」と呼ばれるようになったのは、プロペラが回る「ブーン」という音が雄蜂(drone)の羽音に似ていることに由来します。
軍事UAVは攻撃用に進化し、アフガニスタン、イラク、シリア、そして今回のウクライナでも中心戦力になっています。
露ウ(烏または宇)両軍とも、中高度・長時間滞空可能な大型UAVから手投げ式小型UAV、カミカゼドローンと通称される徘徊型突撃用UAV、商用マルチコプター型UAV等々、多様なUAVを用いています。高性能のトルコ製が話題になっていますが、ポーランド製やウクライナ国産も投入されています。
軍用UAVには多くの民生技術が使用されています。ウ軍使用の「PD1」には日本製模型航空機用エンジンと30倍望遠カメラが使われていることは周知の事実です。
ウ軍が鹵獲(ろかく、敵軍兵器捕獲)した露軍「Orlan10」にも日本製エンジンとカメラを搭載。戦場でウ軍兵士が「Orlan10」を分解して「おい、日本製カメラが使われてるぞ」と話している動画も流出。意図的に配信されたと思われます。
日本は「武器輸出3原則があるために兵器供与できない。例外的に防弾チョッキを提供する」としている日本への暗黙の抗議と推測できます。
驚異的なスピードで進化しているAI(人工知能)も兵器に使用されています。このメルマガでも紹介した自律型致死兵器LAWS(Lethal Autonomous Weapon System)は既に実戦投入されています。
2020年3月、完全LAWS(攻撃判断もAIが自律的に行う人間無関与のLAWS)ドローン「KARGU2」がリビア内戦で使用されたことはメルマガ487号(2022年5月24日号)でお伝えしたとおりです。
日本の「武器輸出3原則」は形骸化しています。1987年、ソ連に輸出された東芝機械の高精度工作機械が潜水艦スクリュー音極小化に利用されているとして、ココム(後述)違反で摘発されました。日本人の密告によって米国から指摘されました。
1994年、米本土を射程に収める北朝鮮の大陸間弾道ミサイルの固体燃料製造に欠かせないジェットミル(超微粉砕機)と混合機が日本から輸出されていたことが発覚。同製品はイランにも不正輸出され、欧米では日本の技術が世界の安全保障の脅威と報道されました。
この当時、米軍戦車搭載の有線地対地ミサイル(歩兵が映像を見ながら誘導命中させるタイプ)のミサイルと歩兵モニターを繋ぐ光ファイバーとカメラが日本製であることが発覚。
2000年代に入ると記憶に残る事例が相次ぎます。プレイステーション2は使用しているグラフィック処理機能及び同梱メモリーカードがミサイル誘導システムに転用可能としてデュアルユース技術に指定され、欧米市場への出荷には特別承認が必要となりました。
米国防総省は戦場で重量物を持つ歩兵の負担を軽くするために筑波大学山海嘉之教授開発のロボットスーツに着目。内閣府副大臣時代に山海教授と一緒に仕事をできたのは光栄でした。今やサイバーダイン社CEOして有名です。
中国は日本製農業用ラジコンヘリを農薬散布用と称して大量輸入を画策。逮捕者が出ました。回転翼制御用モーターに着目していました。別ルート(間接ルート)で輸入を実現したと推測しており、その後の中国のドローン技術進歩と無関係ではありません。
アルカイダ、IS等のテロ組織は日本製ピックアップトラックを重用。自爆志願者が運転する日本車は武器と化しています。爆弾遠隔起爆に使われる携帯電話接続の通信インフラは日本の大手電機メーカー製です。
ほかにも、炭素繊維、パワー半導体等、多くの日本の製品・技術が転用されており、民生技術がダミー企業や第三国経由等、巧妙な手口で輸出されています。
元々デュアルユース規制は大量破壊兵器に繋がる先端技術等を主眼としていましたが、上記諸例からわかるように、それ以外の製品・技術のデュアルユースが脅威になっています。実効的規制は困難です。
2016年ブリュッセル連続爆破テロでは過酸化アセトン(TATP)と呼ばれる自作爆薬が使用されました。TATP主原料は薬局で容易に入手可能な薬剤でした。
さらに問題なのは、そうした技術や素材の利用方法に関する情報がインターネット上に氾濫しており、簡単にアクセス可能な点です。2013年ボストンマラソン爆弾テロや今回の安倍元首相襲撃犯もネットから情報を入手していました。
日本のデュアルユース論争は大学や研究機関での軍事研究の是非ばかりに関心が集中していますが、もはや研究のデュアルユースは回避不可能。むしろ日常的な製品や技術の転用、及び転用スキル入手の容易性の問題に着目すべきでしょう。
主要国はデュアルユース技術について輸出規制を行っています。いくつかの枠組みが存在しており、原子力に関する供給国グループ、化学生物技術に関するオーストラリアグループ、大量破壊兵器配送システムを扱うミサイル技術管理レジーム、通常兵器とデュアルユース技術を扱うワッセナー・アレンジメント(WA、Wassenaar Arrangement)等です。
各国はリスト掲載技術輸出時には審査を行います。禁輸ではありません。例えば日本の場合、明らかに民生用途であれば輸出は許可されます。
対共産圏戦略物資輸出規制を目的にした輸出統制委員会(ココム)は冷戦終結で役割を終えましたが、1996年、特定の国家・集団に限定せず、軍事技術拡散防止目的でWAが締結されました。「ワッセナー」は交渉が行われたオランダの地名です。通称「新ココム」。
参加国間の紳士協定であるため、法的拘束力はありません。なお、ココム傘下のチンコム(対中国貿易統制委員会、CHINCOM)も廃止され、その後、中国はWAには未参加です。
日本はWA等の国際輸出管理レジームのもと、経産省が外国為替及び外国貿易法を根拠として2002年にキャッチオール規制(補完的輸出規制)を導入。
対象製品の輸出や技術提供等を行う際、届出及び許可を義務付け。「大量破壊兵器キャッチオール」と「通常兵器キャッチオール」の2種類が定められています。
対象国・地域はA・B・C・Dに4区分され、グループA指定の欧米諸国等はキャッチオール規制対象外。これら諸国は国際輸出管理レジーム下で厳格管理を行っており、対象製品・技術の拡散を行わないことが明白であるからとの理由です。
また、経産省は輸出先として特に懸念される企業・組織等を外国ユーザーリストとして公表しています。
従来、「ホワイト国(グループA対象国)」「非ホワイト国(同B・C・D国)」と呼んでいましたが、2019年からA・B・C・Dに呼称を改めました。
2019年7月、韓国をホワイト国から除外。当時の文在寅大統領は「盗人猛々しい」「重大な挑戦」といった激しい言葉で日本を非難しました。その経緯はメルマガ427号(2019年9月18日)431号(同年11月14日)をご覧ください。
(了)