今日(27日)明日(28日)と日銀の金融政策決定会合が行われていますので、今日は金融の話題です。「金融の話はわかりにくい」という感想も時々聞きます。政治家の仕事をしていると「簡単に3分で話してほしい」等々の無茶な(笑)ご依頼を受けることが多いですが、「難しいことは難しい」のが世の中です。理論や現実を深く理解しないまま持論の経済政策を断行しようとして、英国トラス前首相は在任50日、史上最短で辞任に追い込まれました。日本も他人事ではありません。
英国トラス首相があえなく退陣し、インド人を両親とするスナク首相の誕生につながりました。若干42歳、インドIT企業の大富豪の娘を妻とし、自身も英国で222番目の富豪というスナク首相の手腕に注目が集まります。
国債増発、富裕層減税策を果敢に打ち出したトラス前首相。国債市場混乱というマーケットの洗礼を浴び、マーケットから退場を宣告されたと言えます。
トラス前首相が打ち出したのはいわゆるトリクルダウン理論。企業や富裕層の所得が増えれば、その恩恵は経済全体や中低所得者にやがて滴り落ちてくるという主張です。
しかし、日本のみならず、多くの国でトリクルダウン理論(「理論」と言うほどの根拠は乏しい主張ですが)は実現しなかったという現実に直面している中で、あえてトリクルダウン理論を主張。
確信犯というより、経済の理論や現実をあまり知らない(勉強しない)中で、誰かの意見に安易に乗ってしまったという印象です。
マーケットの洗礼に関しては、日本も他人事ではありません。円相場は32年ぶりの円安、実質実効為替レートでは50年ぶりの円安です。マーケットは日本の政治や経済に警告を発していると受け止めるべきでしょう。
折しも、25日(火)の日経新聞朝刊7面「Deep Insight」で「ミンスキー・モーメント」が取り上げられていました。このメルマガで「ミンスキー・モーメント」について書いたのは、今から9年前、2014年2月26日です。
今日はその話題です。眠れない夜に読んでください。睡眠薬代わりになると思います(笑)。
1983年に日本銀行に入行し、バブル発生から崩壊の過程を金融市場の最前線、と言うよりも渦中で体験した自分としては、その記憶は消えようがありません。
1985年のプラザ合意を契機とした急激な円高。それに伴う円高不況を克服するための低金利政策。その結果として生じたバブル経済とその崩壊。
2008年のリーマンショックを契機とした一段の円高。それに加え、長年のデフレ克服を目的に掲げた異次元緩和政策も早や10年。その結果として生じている円安。さて、今後の展開如何。
1985年のプラザ合意、1987年のルーブル合意の頃は、日銀職員として円高阻止のための為替介入や円市場のオペレーションを現場でやっていました。それから約30年以上を経て、今や円安阻止の為替介入とは複雑な気持ちです。
この間、一貫して拡大している財政赤字。結果的に日銀が大量に国債を購入する格好で財政赤字拡大を助長。「意図」はなくても、「現実」はそうなっています。
「ミンスキー・モーメント」という単語に初めて遭遇したのは2010年。ポール・クルーグマン博士の論文の中です。
ミンスキー博士(1919年生まれ、96年没)は米国の経済学者。金融市場の不安定性やライフサイクルに関する理論を構築し、その内容はサブプライム危機(2007年)、リーマンショック(2008年)に際し、ウォールストリートで注目を集めました。
ミンスキー博士の唱えた金融市場のライフサイクルは、平易に表現するとごく当たり前のことです。
投資家は調子の良い時にはリスクテイクする、どんどんリスクを取る。リスクに見合ったリターンが取れる間はリスクテイクを続ける。何らかのショックでリターンに見合った水準以上にリスクが拡大すると、投資家は慌てて資産を売却する。
それを契機に、資産価格が下落する。投資家は債務超過に陥り、資金提供していた金融機関のバランスシートも毀損する。さらに状況が悪化すると、投資家も金融機関も破綻する。
金融市場や経済全体が危機に陥り、中央銀行が市場に大量の資金供給を行い、金融機関を救済する。
以上の記述は、民間資産を前提としていますが、資産が政府債務(国債)であっても展開は同じです。国債への過剰投資が限界に達し、投資家や金融機関が危機に瀕する場合は、中央銀行が救済に乗り出すということです。
クルーグマン博士の論文では、次のように表現されています。曰く「具体的な理由はどうであれ、受け入れ可能な(安全であるとみなされる)政府債務水準の上限が突然引き下げられる瞬間がやってくる。それがミンスキー・モーメントである」。
「ミンスキー・モーメント」は突然やってきます。何らかのショックが契機ですから、それが何かは予測がつきません。英国トラス前首相も、突然の「ミンスキー・モーメント」に遭遇したと言えます。
ここで、現在の状況に照らして「ミンスキー・パラドックス」という造語を提起したいと思います。
なぜなら、現在は危機に瀕して中央銀行が救済に乗り出す以前に、中央銀行自身の国債購入が危機の前段階の状況を生み出しているからです。
「ミンスキー・モーメント」が到来する前から中央銀行が現状に荷担しているという「ミンスキー・パラドックス」。
中央銀行の歴史はわずか150年足らず。実は初めての事態に遭遇しつつあります。「ミンスキー・モーメント」が到来した際に、「ミンスキー・パラドックス」の下で中央銀行はどのような役割を果たすのか。重要な論点でもあります。
ミンスキー博士は金融機能を、通常金融(一般的な融資等)、ヘッジ金融、投機的金融、ポンツィ金融の4つに分類しました。後者の比重が高くなるほど、市場や経済の不安定性が高まると指摘しています。
ポンツィとは耳慣れない単語ですが、調べてみると、1920年代に米国ボストンを中心に活動していた稀代の詐欺師の名前。
カルロ・ポンツィは1882年生まれのイタリア人。1903年に渡米し、ボストンで各国切手と交換可能な郵便用クーポン事業を発案。このクーポンを利用して各国の物価水準格差を利用した鞘取りビジネスを企図。なかなかのアイデアですが、あえなく失敗。
再起を期して、次は投資ビジネスを起業。「わずかな期間で利益率50%」の謳い文句は人気を博し、数千人から巨額の資金を集めました。
しかし、そのビジネスは「先に投資した人に後から投資した人の資金を使って配当する」仕組み。「ポンツィ・スキーム」と呼ばれたビジネスの本質は、要するに自転車操業。
1920年7月、地元新聞(ボストンポスト)が「ポンツィ・スキーム」を問題視する記事を掲載。資金繰りは一気に悪化。裁判所が新規投資の募集禁止を命じ、事業は破綻。新聞記事掲載が「ポンツィ・スキーム」の「ミンスキー・モーメント」となりました。
「ねずみ講」の原型のように思えますが、「ねずみ講」は下位の(後から参加する)投資家の人数を増やし、運転資金と上位投資者への配当を確保するピラミッド構造。一方、「ポンツィ・スキーム」は単純な自転車操業だったようです。
国債を購入し続け、自らのバランスシートとマネタリーベースを肥大化させる日銀の異次元緩和政策。自転車操業的という意味で「ポンツィ・スキーム」を連想させます。
クルーグマン博士が述べたように「受入可能な(安全であるとみなされる)政府債務水準」と思われているからこそ、現在の財政赤字水準をとりあえず市場が許容しています。
しかし、その「受入可能」の根拠は「受入可能」と市場が思うように日銀が購入し続けることが前提となっているわけですから、何となく「ポンツィ・スキーム」的、自転車操業的イメージです。
異次元緩和政策という日銀の市場調節(マーケット・オペレーション)は「ポンツィ・オペレーション」とも言えます。
元祖詐欺師とも言われるポンツィ。晩年は心臓発作、脳障害、視力障害等の持病に苦しみ、1949年、リオデジャネイロで貧困のまま他界したそうです。
日銀の「ポンツィ・オペレーション」は、政策的必要にかられ、あるいは政府の意思に影響されて行っていることは十分に理解できます。
程度の差はあれ、他国も同様の状況に直面していました。しかし、米国FRB(連邦準備制度理事会)も英国BOE(イングランド銀行)もECB(欧州中央銀行)も方向転換。今や立て続けに利上げしていることはご承知のとおりです。
しかし日銀黒田総裁だけが「物価上昇は一時的。金融緩和をあと2~3年は続ける」と明言。さすがの暴走ぶりに先日のNHK日曜討論で「現在の物価上昇は戦争等の外部要因であり、総裁が制御できるわけではない」と苦言を呈しました。
また、黒田総裁の任期は来年春までです。退任後の金融政策にまで言及するのは、残念ながら異常な精神状態と言わざるを得ません。確信犯として発言しているなら、中央銀行総裁として失格です。
最近少し聞かなくなりましたが、一時は市場関係者、エコノミスト、経済学者の間で「金融抑圧(Financial Repression)」という単語がよく使われていました。
「金融抑圧」とは、金融市場に対する政府の干渉を通じ、貯蓄者、投資家、債権者から、債務者である政府に富を移転すること。つまり、国民の財産を実質的に目減りさせ、政府債務を圧縮することを意味します。
各国が金融政策の「正常化」を進めていますが、現在が「異常」であることの証左。何が「異常」かと言えば、極端な金融緩和による「金融抑圧」です。
古代ローマ帝国は鋳造硬貨の貴金属含有量を減らして政府債務を圧縮。何も知らない国民は実質価値の低下した硬貨を使い続けました。
古代ローマと同様に、日本等の先進国では「金融抑圧」によって「国民の富が政府にかすめ取られている」と表現するエコノミストもいます。
デフレ脱却のためのインフレ政策、その手段としての異次元緩和政策。いずれも「金融抑圧」です。要するに、国民の実質資産を目減りさせる一方、政府債務を実質圧縮しています。
政府債務圧縮(財政健全化)のための増税や歳出削減は政治的な困難に直面する一方、「金融抑圧」は国民に十分認識されていません。「金融抑圧」は「密やかなデフォルト」とも言われており、一般的には「禁じ手」です。
しかし他に手はないのかもしれません。また、経済という仕組みは中長期的には合理的な調整現象が生じます。これだけ異常な金融緩和を長期間続ければ、「金融抑圧」が起きるのは合理的なことです。
「金融抑圧」が成功する保証はありません。政府債務の実質圧縮を実現するためには、かなりのインフレが必要となります。民間部門から政府部門に富を移転するため、非効率な資金配分を助長し、中長期的な経済成長を妨げるリスクが高いでしょう。
さらに、バブルの発生と崩壊、制御不能なインフレ、財政への信認喪失、資本逃避による経済活動破綻など、「ミンスキー・モーメント」につながるリスクもあります。
クルーグマン博士の論文の2年後、2012年に日銀の白川総裁(当時)が「デレバレッジと経済成長」という演題で講演を行っています。
「デレバレッジ」とは「過剰債務の調整」。金融緩和を進めている先進国は、いずれ「デレバレッジ」が共通課題になると言及。その「デレバレッジ」が「金融抑圧」によって始まっているということです。
ところで、実質金利は名目金利マイナス物価上昇率です。物価上昇率よりも低い名目金利を維持して、実質マイナス金利を志向する「金融抑圧」。
しかし、実質マイナス金利は「お金を借りると金利を受け取る」という状況。これは「自然の摂理」に反します。「お金を借りれば金利を払う」のが道理です。
さて、「金融抑圧」が勝つか、「自然の摂理」が勝つか。僕は中長期的には「自然の摂理」が勝つと思います。だからこそ「自然の摂理」です。
名目金利を極端に低く(例えばゼロに)すると、実質金利がプラスになるように、結果的に物価上昇率はマイナス、つまりデフレになるのが「自然の摂理」。以前から国会等で指摘しているように、デフレは「原因」ではなく「結果」であるという捉え方です。
このロジックに基づけば、デフレ脱却のための「金融抑圧」が結果的にデフレを助長するという「金融抑圧パラドックス」も生じます。
これも造語ですが、当たらないことを祈ります。
(了)