メルマガが500号に達しました。受信し、ご愛読いただいている皆様に感謝します。メルマガを通して、日本の経済情勢、産業の実情、日本を取り巻く国際情勢、科学技術の動向、社会保障を含む諸課題等々をお伝えすることも、国会議員としての重要な責務のひとつと考え、続けています。多少なりともご参考になれば幸いです。「失われた30年」を経て、残念ながら最近では「第3の敗戦」「経済敗戦」という形容もされる日本。立て直しのために微力ですが奮闘します。
12月8日、財務省が10月の国際収支(速報)を発表しました。貿易、投資等の海外との取引状況を表す経常収支は641億円の赤字。
前年10月は1兆7347億円の黒字でしたので、差引1兆7988億円悪化。前年同月比悪化幅としては過去最大です。
経常収支には季節性があります。比較可能な1985年以降で10月が赤字になるのは2013年以来2度目。円安や資源高でエネルギー関連の輸入額が膨らんだことが影響しています。
経常収支は、輸出から輸入を差し引いた貿易収支、外国との投資取引を示す第1次所得収支、旅行収支を含むサービス収支等から構成されます。
貿易収支の赤字1兆8754億円が経常収支全体を赤字にしています。輸入額は原油、石炭、液化天然ガス(LNG)の値上がりが響いて10兆8646億円。前年同月比(以下同)56.9%の激増です。
原油輸入価格は1バレル105ドル96セントと37.8%上昇。一時1ドル150円台となった記録的円安も影響して円建ては1キロリットル9万6684円、79.4%の大幅上昇となりました。
輸出額は自動車、半導体、電子部品等を中心に26.9%増の8兆9892億円となったものの、中国経済減速等の影響で伸び悩み、輸入増加分を下回りました。
輸出入とも単月として過去最大でしたが、輸出入のアンバランスから、上述のとおり貿易収支全体では1兆8754億円の赤字でした。
サービス収支は7224億円の赤字。前年同月比1153億円拡大。海外への研究開発費支払等が増加しました。
旅行収支は430億円の黒字。黒字額は新型コロナウイルスの感染拡大本格化前の20年1月2962億円以来の規模。水際対策緩和で訪日客が戻り始めた効果です。
第1次所得収支黒字は2兆8261億円、19.0%増。商社や自動車メーカー等が海外子会社等から得る配当収入等が増加。しかし、上述の貿易収支赤字が日本企業の海外での稼ぎを打ち消す構図となっています。
1月から10月迄の単純累計経常収支は9兆6960億円の黒字。第1次所得収支黒字を主因に年間黒字を維持すると思いますが、巨額の貿易赤字によって前年同期比50.7%減。
こうした状況下、来年は国際収支や経常収支の統計が一層注目される年になりそうです。国際収支や経常収支の概念を確認しておきます。
「国際収支」=「経常収支」+「金融収支」+「資本移転等収支」。つまり、経常収支は国際収支の一部です。右辺には外貨準備増減も含まれます。
国際収支統計では、計算上「経常収支」「資本収支」「外貨準備増減」の和はゼロ。つまり、外貨準備増減を捨象すれば、経常収支が赤字になると資本収支は黒字になります。
それは、経常収支赤字の状況では、財政や民間投資等の資金需要を賄うために海外からの投資資金が流入超過になることを意味しています。
国家の場合は国債、企業の場合は社債を発行し、外国投資家に購入してもらう等の取引を伴って外国資金を取り入れ、赤字を埋めることになります。
当該取引が集約されるのが資本収支です。経常収支赤字の国では、海外から借金や投資で資金が流入してくるため、資本収支は黒字になります。
逆に言えば、経常収支赤字は所得の海外流出を意味し、国内資金不足を補う投資資金の流入や国債の安定消化が課題となります。
為替との関係も整理します。経常収支黒字の場合は、外貨(主にドル)を日本国内で使用するために円に変える「ドル売り・円買い」の必要があり、円高要因になります。
反対に経常収支赤字の場合、外貨(主にドル)で支払いを行うために円を外貨に変える「円売り・ドル買い」の必要があり、円安要因になります。
次はその経常収支の内訳。「経常収支」=「貿易収支」+「サービス収支」+「所得収支」+「経常移転収支」です。
貿易収支はモノの輸出入差額。サービス収支は旅行や特許使用料等。所得収支はさらに中が細分化され、第1次所得収支は配当・利子、第2次所得収支は対価を伴わない無償資金援助等です。
経常収支の中心は貿易収支です。貿易収支の意味、影響は経常収支に比べると理解し易いですが、かつてに比べると解釈や評価が難しくなっています。
つまり、全ての国が国内で完成品を作り、それを輸出入しているのであれば貿易収支の意味と評価は明白です。しかし、今や様々なパーツを分業生産し、海外販売のために現地生産している製品も多いことを勘案すると、貿易収支の評価は複雑です。
最近、日本の経済情勢や財政状況が厳しいこともあって「日本は米国のように『双子の赤字』になるのですか」という質問をよく受けます。
「双子の赤字」とは、米国の経常収支赤字と財政収支赤字のことを指し、1980年代に定着した用語です。上述のように、経常収支の構成要素はいくつかに分かれます。当時はその中でも貿易収支が大赤字となっていたため、「双子の赤字」と言えば貿易収支赤字と財政収支赤字を指すこともありました。
しかし、上述の解説でご理解いただけると思いますが、経常収支赤字と貿易収支赤字の意味と評価は同じではありません。
例えば、自国の景気拡大は輸入を増加させ、貿易相手国の景気拡大は輸出を増加させます。1980年代の米国経常収支赤字拡大の背景には、米国の景気拡大が日本を含む海外の景気拡大を上回っていたことも影響しています。
米国はずっと「双子の赤字」が続いています。発展途上国や新興国では、時に「双子の赤字」が経済破綻につながった事例もあります。しかし、米国では「双子の赤字」によって問題が生じているわけではありません。
その理由は2つです。第1はよく言われる理由で、ドルが基軸通貨だからということです。経常収支赤字を埋めるためにも、財政赤字をファイナンスするためにも、能動的にドルを発行できるので問題ないという論理です。
一面真理ですが、正確ではない面もあります。それは、第2の理由と表裏一体だからです。すなわち、米国が「双子の赤字」でも問題が生じない第2の理由は、米国の産業・経済が強いからです。
米国に投資をすれば将来的に収益を生み、投資資金を回収できると投資家が期待するから経常収支赤字でも、外国からの投資が続き、資本収支黒字でカバーできます。
つまり、基軸通貨がドルであること、産業・経済が強いこと、この2つは表裏一体であり、相乗効果です。どちらが欠けても成り立ちませんが、より重要なのは第2の理由です。
日本の経常収支は高度成長期以降長年にわたって黒字が継続していますが、最近は変調が見受けられます。経緯を整理します。
高度成長期以降、1980年代から90年代迄は「海外からの稼ぎ」である経常収支黒字はほぼ貿易収支黒字とイコールでした。
そのため、米国等が貿易不均衡是正を要求。円高圧力が高まり、日本企業は円高対策として生産拠点を海外移転。直接投資によって海外子会社等を設立しました。
その結果、経常収支黒字の内訳は徐々に貿易収支黒字から第1次所得収支黒字(つまり投資収益)へシフト。国内でモノを生産して輸出で稼ぐのではなく、海外子会社が生産・輸出し、そこで上がる利益が配当という形で国内の親会社に還流するようになりました。
2011年、日本は3.11東日本大震災に遭遇。原発停止による燃料輸入増加を背景に貿易収支は赤字転落。2015年以降、漸く貿易収支がほぼ均衡するようになり、経常収支黒字イコール第1次所得収支という状態になりました。
今年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発。エネルギー価格高騰によって日本の輸入総額が急増。今年上半期を見ると円安も影響して貿易赤字が拡大する一方、経常収支が安定的に推移していることから何とか黒字を維持している状況です。
1998年、2002年、2007年に円安に振れた場面では、少しタイムラグを経て貿易黒字が増加しました。しかし、今回はまだ貿易収支改善傾向が見えません。
生産拠点が海外シフトしたことで円安が輸出増加につながりにくい傾向はありますが、輸出が増加しない理由は日本企業の競争力低下も影響していると思われます。
つまり、日本の貿易収支赤字拡大の原因は、円安や資源価格高騰だけの影響ではないということです。競争力低下も大きな要因だとすれば、やがて経常収支が赤字化し、「双子の赤字」に陥るかもしれません。
仮にその状況が恒常化すると、産業・経済が強い米国と違って、日本の経済や財政の運営は危機的な展開になるかもしれません。
2022年上半期(4月から9月)の貿易収支は約11兆円の赤字。年度半期ベースで過去最大です。下期もこのペースが続けば、年間の貿易収支赤字は20兆円を超えるでしょう。
これは、短期的な変化にすぎないのか、それとも長期的に継続する傾向なのか。それが問題です。それを判断するには、貿易収支の悪化要因を分析する必要があります。
要因は、円安、資源価格高騰、競争力低下の3つです。前2者はいずれ収束する可能性もありますが、競争力低下が主因であれば、貿易収支赤字は恒常化するかもしれません。
そこで円安要因を除去して貿易収支の長期的傾向を見るために貿易収支をドル建てで把握するとともに、貿易収支全体の変化に占める鉱物性燃料等の影響度を見てみます。
貿易収支黒字がピーク水準だった2004年と直近2021年の実績を比較すると、貿易収支は2004年の黒字1104億ドルから2021年の赤字148億ドルへ転化。差引1252億ドルの悪化です(貿易統計ベース)。
この間、鉱物性燃料赤字は962億ドルから1457億ドルに拡大。495億ドルの悪化です。
資本財の輸出入差額を品目別に見ると、電気機械の黒字が662億ドルから177億ドルに縮小。悪化幅は485億ドルです。
このほか、粗原料の赤字額が258億ドル、食料及びその他直接消費財の赤字額が113億ドル、それぞれ悪化しています。
以上のように、2004年から2021年の間の貿易収支悪化規模のうち、鉱物性燃料が全体の39.5%、電気機械が38.7%を占めています。
鉱物性燃料の悪化額を除くベースでみると、悪化額757億ドルのうち485億ドル、つまり全体の64.1%を電気機械の悪化額が占めています。
鉱物性燃料による悪化額以外は競争力低下の影響だと仮定すると、競争力低下による悪化額757億ドルは鉱物性燃料495億ドルの1.5倍規模です。
このような傾向的変化が生じていることを注視すべきです。1ドル150円の円安になっても、生産拠点の海外移転に加え、国内電気機械等かつての主力産業が競争力を低下させている可能性が高いこと、それが問題です。
資本財としての電気機械は、長らく日本の主要輸出品でした。今でも貿易収支は黒字ですが、上述のとおり、2000年代以降の黒字額減少傾向を深刻に受け止めるべきでしょう。
2000年代初期において、一時的に「輸出主導型」景気回復が実現しました。米国住宅バブルも影響して米国消費者に資産効果が生まれるとともに、中国でも消費者の所得上昇が本格化。自動車を中心に日本からの輸出が増大しました。2007年頃の米国サブプライムローン全盛期においても同様の傾向が見受けられました。
しかし、こうした円安効果による輸出増加パターンは、2008年リーマンショック以後は顕著には生じていません。
しかも、その後は米中両国のイノベーション進化、台韓両国の半導体産業隆盛を横目に、日本の産業・経済は急速に競争力を低下させています。
上述のとおり、2022年の貿易収支赤字が20兆円超となる可能性は高く、それを第1次所得収支でカバーできる保証はありません。
経常収支が赤字になれば、その分を外国からの借入、投資資金によって埋め合わせる必要があります。
そういう状況が恒常化すれば、日本の対外純資産は減少し、所得収支も減っていくでしょう。「双子の赤字」が恒常化し、日本は厳しい経済・財政状況に陥ります。
繰り返しになりますが、米国が「双子の赤字」を続けられるのは産業・経済が強いからです。そのことはドルの基軸通貨性を維持することにも貢献しています。
日本の産業・経済を好転させるためには、産業・経済を支える科学技術や人材が鍵です。だからこそ、科学技術政策、人材政策、教育政策等の重要性を訴えています。
残念ながら、最近では日本の現状を論評する際に「第3の敗戦」と表現されることが増えているように感じます。不平等条約下の明治維新、太平洋戦争敗戦、そして現在の経済敗戦です。
「第3の敗戦」から立ち上がるためには、冷徹な現状認識、分析に基づく緻密な戦略、そして実行力が問われます。
メルマガ498号で指摘したとおり、「綱渡り」の財政政策、「袋小路」の金融政策、この両者に依存する経済政策運営を改め、産業・経済を復興するために、科学技術政策、人材政策、教育政策を大転換する局面です。
(了)