先ほど、台湾から帰国。台北市南西にある新竹市TSMC本社を訪問。規模、環境、立地するサイエンスパーク、社員接遇、いずれも大いに参考になりました。台北市内は年末ということもあって凄い人出。皆マスクはしていますが、MRT(地下鉄)も街も大混雑。新型コロナウイルス感染症を気にしている様子はありません。来年は日本もコロナ禍から脱し、産業も経済も社会も新たなスタートの年となることを期待します。
先週の金融政策決定会合で日銀が事実上の利上げに踏み切りましたので、今年最後のメルマガはそのことについて書きます。
日銀はYCC(イールドカーブコントロール)による10年物国債金利の誘導目標(ゼロ%程度)変動幅をプラスマイナス0.25%から同0.5%に拡大することを決定。つまり、事実上0.25%から0.5%への利上げです。
YCCは2016年9月にイールドカーブ全体を低水準に抑えるという名目で導入。以後、10年物金利の誘導目標はゼロ%程度で変わっていませんが、変動許容幅をプラスマイナス0.10%、0.20%、0.25%と徐々に拡大してきました。そういう意味では既に利上げをしてきたとも言えます。
注目すべきは、利上げの一方で日銀は長期国債買入額を来年以降、月額7.3兆円から9兆円に増額。これは量的緩和の強化とも言え、つまり引締と緩和のツイストオペ。
右手で引締、左手で緩和を行っているのと同じです。ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるとも言えます。ドリフトが好きなのか、運転テクニックが素晴らしいのか、いずれにしてもスリル満点のドライビングです。
この状況は、過去のメルマガに記したとおり「今後利上げをする時には、市場の金利上昇を抑えるために、一方では国債を買い支えるために量的緩和を強化するという自己矛盾した状況に陥る」との懸念が現実化したと言えます。
日銀は、今回の変動幅拡大の理由を「緩和的な金融環境を維持しつつ、市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促していくため、長短金利操作の運用を一部見直す」と説明。つまり「利上げではない」と言っています。
黒田総裁は、国内市場の機能低下に対応するための措置であり、利上げでも引締でもないという説明していますが、詭弁も極まった感があります。
国内市場の機能低下とは、日銀が入札しても国債の売り手がつかないという異常な状況を指していますが、その状況を生み出したのは日銀自身であることには言及していません。
このタイミングでの政策変更はサプライズではありません。10年物以外の金利は上昇しており、その意味ではイールドカーブ全体で見た利上げは既に起こっていたからです。
今回の措置は人為的に低く抑えられていた10年物金利を実勢に合わせたにすぎません。しかし、いずれ「あの時が金融政策の転換点だった」と言われる蓋然性は高いでしょう。
企業物価上昇に伴い販売価格への転嫁も徐々に広がっており、消費者物価上昇の勢いは来年も続きます。1月発表予定の日銀展望レポートで示される物価見通しはさらに上方修正され、早晩市場には追加政策変更の思惑が広まると思います。
さて、来年4月までの黒田総裁任期中の政策変更はこれが最後なのか、またあるのか。本人の意思とは別に、現在の物価・金利動向を前提とする限り、任期中の再度の政策変更は十分にありえます。
「利上げではない」と強弁しても、市場関係者の多くは「事実上の利上げ」とに認識しており、追加利上げは確実にあると予想しています。
その理由は、日銀は市場の「歪み」に対応せざるをえないと考えるからです。
イールドカーブは短期から長期までの金利水準を表しています。要するに国債の金利です。日銀は10年物国債を中心に公開市場操作(オペレーション)を行い、10年物金利は目標水準に抑えています。しかし、その前後の金利は市場実勢を反映しているのでイールドカーブの形状は歪んでいました。
ここ数ヶ月、市場は8年物、9年物の国債金利を10年物国債の金利より高い水準に押し上げてきました。
この「歪み」は先週の政策変更後も続いています。したがって、この「歪み」が今回の政策変更の理由であれば、早晩日銀は再び政策変更せざるを得ないと市場は受け止めています。そうしなければ、今回の政策変更の詭弁を正当化できないからです。
金利上昇は当然ながら様々な影響を及ぼします。長い間、企業は超低金利の資金を得てきましたが、そこに影響が出ます。現在、銀行融資の約4割が金利0.5%以下、そのうち半数が0.25%以下です。
政府は中小企業全体の約4割に信用保証または公的融資を行っています。その規模はGDPの1割強に相当します。
借入金利が上昇すれば企業の返済負担は確実に高まり、政府は何らかの対策を講じざるを得なくなるでしょう。公的信用保証対象は最大でも80%。残り20%は銀行の不良債権となることも予想されます。
企業統計から推計すると、長期金利が1%上がった場合、借入金利負担増加で企業収益は約5%下押しされます。もちろん、個々の企業ごとに差があるほか、負担が増加しない工夫をする企業もあるでしょう。しかし、マクロ的には概ねその程度の影響は出ます。
今回の政策変更で円高が進んだように、利上げとなれば円高ドル安が進みやすくなります。国内から輸出する製造業にはマイナスの影響が出るほか、前号で指摘したように海外子会社等の利益を国内に還流させる企業にとっても円換算時にはマイナスとなります。
マイナス金利政策によって収益悪化に苦しんできた金融機関にとって貸出金利上昇はプラスに働きそうです。しかし、上述のとおり貸出先企業が苦境になれば金融機関もマイナスの影響を受けます。また、保有債券の価値が下がる懸念もあります。
家計にもプラスとマイナスの影響があります。プラス面は金利上昇に伴う預金の利息収入増加です。日銀がマイナス金利政策を導入した2016年以降、普通預金金利は平均0.001%とほとんど利息ゼロ。
家計の流動性預金残高は約600兆円。仮に2016年以前の0.02%程度に戻るだけでも年間1200億円の金利収入増加が見込めます。
一方、新たに住宅ローンを借りる場合には負担が増します。住宅ローンには固定金利と変動金利があります。今後、長期金利に連動する固定型ローンの金利は上昇するでしょう。
当分金利は上がらないという予想から、最近住宅ローンを借りている家計の約9割が変動型を選択しています。
変動型金利は銀行の「短期プライムレート」に連動していますが、その短期プライムレートは日銀の「短期政策金利」がベース。つまり、日銀が短期政策金利を引き上げれば短期プライムレートも上昇し、連動して変動型住宅ローンの金利も上がる仕組みです。
今回の日銀の政策変更では短期政策金利は変わっていないため、変動型住宅ローンにも影響は出ません。しかし、今後日銀が短期政策金利を引き上げることがあれば、状況は変わります。
若い世代で住宅ローンを借りている人たちは金利上昇局面を経験したことがないでしょうから、少し頭の体操をしてみます。ご参考になれば幸いです。
まず、一般的には年2回(4月、10月)適用金利が見直されます。住宅ローンの約款や契約書をよく確認してください。また、短期プライムレートが上がっても、家計負担を緩和する2つのルールがあります。知らないと金融機関にスルーされるリスクがあります。
第1は「5年ルール」。適用金利が変わっても5年間は毎月の返済額が変わらないというルール。第2は「125%ルール」適用金利が変わっても毎月の返済額は従来の1.25倍までしか増えないというルール。適用されない契約もあるので、確認してみてください。
適用金利が上がれば、毎月返済額、総返済額ともに増えるため、予め家計の資金繰りを考えておく必要があります。
一例です。借入金額3000万円 借入金利0.5% 借入期間35年、毎月返済額7万7876円、返済総額3270万7920円を想定します。
5年後に適用金利が1.0%に上昇した場合、毎月返済額8万3913円(6037円増加)、返済総額3495万3684円(224万5764円増加)。
5年後に適用金利が1.0%、10年後に2.0%に上昇した場合、毎月返済額9万4786円(1万6910円増加)、返済総額3834万6060円(563万8140円増加)。
一方、固定金利1.5%で借りている場合は、現在の毎月返済額9万1855円(変動型の当初比プラス1万3979円)、返済総額3857万9100円(同プラス587万1180円)。
もっと金利が上がる場合もあり得ます。1990年代前半の金利上昇局面では、住宅ローンを返済できなくなった人が多数出ました。
ここ数年のタワマンブームや不動産価格値上がり等を背景に、強気の住宅ローンを組んだ人もいると思います。先行きを完全に予測することは不可能ですが、いろいろな頭の体操はしておくべきでしょう。
さて、毎年最終号恒例の干支の話で締めさせていただきます。干支は十干十二支の組み合わせで決まります。
十干は「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」、十二支は「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」。したがって、「十」と「十二」の最小公倍数の「六十」でひと回り。六十歳になると自分が生まれた年の干支に戻るので「還暦」と言います。
干支は十干の「甲」と十二支の「子」の組み合わせである「甲子」がスタート。現在は1984年の「甲子」から始まった60年循環の中にあります。その60年前、1924年の「甲子」の年に建設されたのが甲子園球場です。
2023年、令和5年の干支は「癸(みずのと)卯(う)」。十干の10番目にあたる「癸」、十二支の4番目にあたる「卯」の組み合わせで、十干十二支では40番目です。
また、干支は「陰」「陽」の2つ、及び「木」「火」「土」「金」「水」の5つの性質との関連で様々な解説がなされます。陰陽五行説(陰陽思想及び五行思想)です。
水は木を育み、木は火の元となり、火は土を作り、土は金を含み、金が再び水を生む。「五行」の組み合わせにより「相生」「比和」「相剋」「相侮」「相乗」に分類され、相互に強め合ったり、弱め合ったりします。
「癸」は「水の陰」、「卯」は「木の陰」のエネルギーを表し、「相生(水生木)」の関係です。水が木を育み、水がなければ木は枯れる。つまり「癸」と「卯」は補完し合う関係です。
十干の最後にあたる「癸」は生命の終わりとともに、次の新たな生命が成長し始める状態を意味します。「卯」は植物の成長という意味もあり、新しいことに挑戦するのに最適な年と言われます。
昔の証券マンは「辰巳天井、午尻下がり、未辛抱、申酉騒ぐ、戌は笑い、亥固まる、子は繁栄、丑はつまずき、寅千里を走り、卯(兎)は跳ねる」と言いました。兎は跳ねる特徴があるため、景気が上向き、株価が上がる縁起の良い年として囃されました。
たしかに3回前の「卯」年の1987年はバブル期で地価高騰、銀座の土地が1坪1億円と言われました。しかし、2回前の1999年は金融危機真っ只中。前回2011年も3.11、歴史的円高、株価7千円台。ジンクスは当てになりません(苦笑)。
兎に纏わる諺、慣用句で締め括ります。最も有名なのは「二兎を追う者は一兎をも得ず」。西洋の諺が翻訳されて定着しました。英語ではIf you run after two hares, you will catch neither.またはHe that hunts two hares loses both.です。
来年は「兎の上り坂」といきたいものです。兎は前足よりも後足が長いため、登り坂を走るのが得意なことに由来して「物事が調子良く進む」喩えです。しかも「脱兎の勢い」(とても速いことの喩え)で好転するといいですね。
少々汚いた喩えもあります。「兎のひり放し」は後始末をしないことの喩え。糞をしっ放しという意味です。直裁に「兎の糞」というのもあります。糞がコロコロ切れているので長続きしないことの喩えです。異次元の金融緩和はどちらでしょうか。
政策変更の真意は「兎の耳」でなければわかりませんが、市場の評価は黒田総裁にとっては「兎の逆立ち」か「兎の祭文(さいもん)」か。前者は長い耳が地面に擦れるため、耳が痛いことの喩え。後者は祭文(祭りの際に神に捧げる祝詞)を兎に聞かせても無意味なので「馬の耳に念仏」と同じ意味です。
兎に角、亀に毛はないので「兎角亀毛(とかくきもう)」はあり得ないことの喩え。超金融緩和の継続は「兎角亀毛」か「守株」か。
中国の諺「守株」すなわち「株を守りて兎を待つ」は、守っている切り株に兎が激突して捕まるのを待つように偶然の幸運を当てにする喩え。
「兎も七日なぶれば噛みつく」「犬兎の争い」「狡兎死して走狗烹らる」「獅子は兎を撃つに全力を用う」「烏飛兎走(うひとそう)」「飛兎竜文(ひとりゅうぶん)」等々、他にも興味深い諺が多々ありますが、最後に「鳶目兎耳(えんもくとじ)」を取り上げます。
「鳶の目」は遠くのことまで見逃さない、「兎の耳」は小さな音も聞き洩らさない。そんな耳と目を持った情報収集能力の高さを表すのが「鳶目兎耳」。
内外情勢とも激動予感の2023年。政策運営、企業経営、家計の資金繰り、いずれにとっても「鳶目兎耳」は重要なことです。
それでは皆さん、良い年をお迎えください。来年もよろしくお願い申し上げます。
(了)