政治経済レポート:OKマガジン(Vol.502)2023.1.16

あけましておめでとうございます。OKマガジン、本年もよろしくお願い申し上げます。新年恒例のBIP(ビジネス・インテリジェンス・プロフェッショナル)セミナーは1月9日(月・祝)13時30分からです。お申し込みいただいた皆様には、既に資料及びオンライン視聴用URLをお送りしました(URLはメールアドレス登録者のみ)。第1部「産業技術デュアルユースの現状と課題」、第2部「分水嶺に直面する日本経済」です。開始時間までにご来場、またはオンライン視聴のご準備をお願い申し上げます。


1.オマハの賢人

ここ10年ほど、毎年年始の恒例作業は前年末の株式時価総額世界トップ10とイアン・ブレマー主宰ユーラシア・グループが発表する世界10大政治リスクをチェックすることです。まずは株式時価総額世界トップ10についてお伝えします。

1989年には世界トップ10のうち7社を日本企業が占めていました。NTT(1位)、興銀(2位)、住友銀行(3位)、富士銀行(4位)、第一勧銀(5位)、三菱銀行(7位)、東京電力(9位)の7社です。

最近ではトップ10どころか、トップ100にも入れないという悲惨な状況。昨年末も、トヨタが唯一のトップ100入り。一昨年の49位から順位を落として51位です。

トップ100を国別でみると、米国62社、中国13社、フランス5社、英国4社、スイス・インド各3社、オランダ2社、そしてサウジアラビア・台湾・デンマーク・韓国・日本・オーストラリア・香港・カナダ各1社です。

さて、トップ10を見てみましょう。1位・アップル、2位・サウジアラムコ、3位・マイクロソフト、4位・アルファベット、5位・アマゾン、6位・バークシャー、7位・ユナイテッドヘルス、8位・ジョンソン&ジョンソン、9位・エクソン、10位・テンセントです。

サウジアラムコ(サウジアラビア)とテンセント(中国)以外は米国企業です。

ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格高騰を反映し、サウジアラムコは順位を上げ、エクソンはトップ10入り。コロナ禍に伴い、医療系のユナイテッド・ヘルス、ジョンソン&ジョンソンもトップ10入り。

毎年の株式時価総額ランキングは世界の情勢や動向を考えるうえで示唆に富んでいます。注目すべきは6位に浮上した米投資会社バークシャー・ハサウェイです。2021年は9位、2020年は10位。徐々に順位を上げています。

バークシャーを率いるのは高名な投資家ウォーレン・バフェット(92歳)とチャーリー・マンガー(99歳)。高齢ですが、ともに健在です。

毎年の同社株主総会には「投資の神様」である両氏の話を聞くために世界中から数万人の株主が参加します。コロナ禍の間はたぶんオンライン開催だったのではないでしょうか。

バフェットは同社の筆頭株主であり、会長兼CEO。1930年、ネブラスカ州オマハ生まれ。1951年から投資家に転身し、成功。今でも27歳(1957年)の時に31500ドルで購入したオマハの家に住んでいることから、「オマハの賢人」との異名もあります。

5歳の時にコーラを転売、11歳で初めて株式投資、13歳で所得税を申告して自転車を経費控除、18歳でピンボールを理容店に置くビジネスを始め、この商権を退役軍人に売却して成功等々、幼少期から数々の逸話の持ち主です。

29歳の時(1959年)にマンガーに出会い、2人は意気投合。マンガーもオマハ生まれ。海軍除隊後に弁護士として活動。バフェットに出会って投資家に転身しました。

ハサウェイは元々19世紀から続く古い綿紡績会社。1965年にバフェットが経営権を取得。1985年に綿紡績業から撤退し、保険や投資ビジネスに転換。今日に至っています。

バフェットの投資についての考え方に関して多くの書籍が出版されています。何冊か読みましたが、以下「スノーボール(ウォーレン・バフェット伝)」(アリス・シュローダー著)に基づいて少し整理してみます。

2.投資の4条件

バフェットの投資哲学はコロンビア大学時代の恩師、経済学者のベンジャミン・グレアム(1894年生、1976年没)の理論がベース。グレアム自身、「バリュー(割安)投資の父」「ウォール・ストリートの最長老」と呼ばれるプロの投資家でもありました。

グレアムは1929年の大恐慌を契機に投資の研究を開始。2冊の名著「証券分析」(1934年)「賢明なる投資家」(1949年)を出版。とくに後者は、バフェット曰く「投資についての最高の書籍」。

グレアムは株価変動に拘泥することを戒め、「市場は短期的には投票機械のように振舞うが、長期的には錘(おもり)を計る機械のように機能する」と表現。つまり、長い目で見ると株価はその企業本来の価値と等しくなることを指摘。

投資家は企業の財務状況を分析することに時間を費やすべきであり、自身の分析に従って投資することを推奨。つまり、市場のムードで売買することに否定的でした。

グレアムの影響を受け、バフェットの基本スタイルは長期投資。保有株の内在価値最大化を目的とし、内在価値と乖離した高い株価を好まず、株価は内在価値を反映した妥当な水準であることが望ましいと述べています。

PER(株価収益率)等の指標が単に割安な企業(株)を買うのではなく、数字に表れないもの(例えば経営者の能力等)を含め、分析の結果としての内在価値が高い企業への投資に腐心。普通の企業を格安で買うより、優れた企業を相応の価格で購入すべきとしています。

その基本的考え方の下で、バフェットの「投資の4条件」は、第1に事業内容を理解できること、第2に長期的に好業績が予想されること、第3に経営者に能力があること、第4に価格が魅力的であること。

事業内容が複雑で自分が理解できない分野には手を出さないため、基本的にはハイテク分野、IT企業投資には消極的。その一方、長期的な好業績要因としてブランド力や価格支配力を重視し、その観点からIBM等には投資していました。

バフェットは分散投資を行わず、自ら設定した基準を満たす優れた企業を買収、あるいは株を大量取得。買収企業は元の経営陣に経営を委ね、資本の安定と適正報酬によって安心して経営できる環境を提供。この方針は、企業売却を希望するオーナー経営者を魅了したと言われています。

バフェットには多くの名言があります。個人的に最も感銘したのは「リスクとは自分が何をやっているかよくわからない時に起こるもの」という名言。これは、企業経営のみならず、国の経営にも共通する示唆と言えます。

バフェットはこの投資哲学を堅持し、1965年にハサウェイの経営権を握ってから2015年までの50年間に複利計算で年率21%の収益率を実現。今や総資産9千億ドル(100兆円超)の巨大な投資会社です。

ところが2010年代、ハサウェイの収益率が市場平均並みにとどまり、しかもIT株と中国株に投資し始めました。バフェットも限界を迎え、投資方針を変えたのではないかという憶測を呼んでいました。

上述のとおり、バフェットは「投資の4条件」に照らし、IT分野のように変化のスピードが速く、事業内容の理解が難しいものには投資しないと公言していたからです。

中国株も同じです。中国企業の実態はよくわかりません。しかし2010年代後半、バフェットは「ハサウェイは今後15年間に中国株に対してより大規模な投資を行う」「過去数10年間に中国で起きた変化は信じがたいものであり、こうした変化は今後も続き、中国経済は引き続き成長する」と言及していました。

こうしたことが、バフェットの投資方針に対する憶測を呼んでいたのですが、ここにきてのハサウェイの3年連続トップ10入りと順位アップ。バフェットのIT、中国重視姿勢は示唆に富んでいます。

しかし、そのITを支える半導体を巡る米中対立。ウクライナ戦争も発生して世界経済のデカップリング(分断)が進んでいます。

IT株も中国株も先行きは予断を許しません。しかし、米国や中国自身がIT等の技術革新によって大きく影響されていることは間違いありません。「しかし」という逆接の接続詞が続くことが、深層を読むことの困難な状況を示しています。

イーロン・マスク率いるスペースX社のスターリンク(コンステレーション衛星)をウクライナが使うことによって、ロシアが彼ら自身にとって思わぬ苦戦に陥っています。

ITや宇宙に関わる企業が国家を上回る力を発揮しているとも言えます。ITが世界の経済や社会のエコシステム(生態系)の支配的要素になりつつあります。

バフェットの投資行動はそれが一過性の出来事でないことを示唆している気がします。中国が成長するかどうかは予断を抱けませんが、ITは間違いないようです。

長期的成長や技術力、ブランド力を重視するバフェット。日本株にはほとんど投資せず、日本企業にも関心を示していません。その事実が何を物語っているのか。日本の各界指導者や企業経営者は、深刻に受け止める必要があります。

3.デジタルネイティブ世代の台頭

「世界10大政治リスク」は毎年1月、国際政治学者イアン・ブレマーが1998年に米国で設立した政治リスクコンサルタント会社ユーラシア・グループが発表しています。

ユーラシア・グループは、戦争や政情不安も含め、マーケットに影響を与える可能性のある政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしています。

毎年1月に開催しているBIPセミナーで「世界10大政治リスク」を紹介し始めた頃には「イアン・ブレマーって誰」という反応でしたが、2011年に「Gゼロ」時代到来を指摘したことで一躍メジャーな存在になりました。

「世界10大政治リスク」は的中する項目も多く、2022年は1位に「中国ゼロコロナ政策の失敗」を挙げ、経済が混乱し、市民の不満が広がると予測。これも的中しました。

4位では「ロシアがウクライナを巡って欧米と対立」と指摘していましたが、その1ヶ月後に侵攻が始まりした。

これは8位に挙げた「力の空白地帯(G0社会では混乱や紛争が起きがち)」という事項も間接的に該当しています。

また、10位に挙げた「トルコ」。国内の混乱で政治が動揺し、国際的な不安要素と指摘していましたが、ロシアのウクライナ侵攻で武器提供者、仲介者として重要な役割を担うようになりました。別の意味でリスクとなっています。

さらに2位の「テクノポーラー」では、巨大IT企業による支配を懸念。少し角度は違うものの、スペースX社スターリンク(コンステレーション衛星)がウクライナの善戦に寄与していること、つまりロシアという国家をも翻弄する存在に浮上している点は注目に値します。

7位に挙げた「グリーン政策vsエネルギー政策」。ウクライナ戦争によるエネルギー危機によってグリーン政策追求が困難化している事態は、まさしく的中しています。

さて、2023年です。1位「ならず者国家ロシア(Rogue Russia)」、2位「最大化する習権力」、3位「テクノロジーによる社会混乱」、4位「物価高騰の波」、5位「追いつめられるイラン」、6位「エネルギー危機」、7位「途上国への成長打撃」、8位「米国の分断」、9位「デジタルネイティブ世代の台頭」、10位「水不足」です。

「ならず者国家ロシア」では、苦戦し、孤立するロシアが核兵器やサイバー攻撃を用いて欧米諸国への脅しをエスカレートさせるリスクを指摘。

欧米からの武器供与を背景にウクライナの防衛能力が高まり、ロシアは軍事的に追い詰められていると分析。偶発的事態や誤算による核使用リスクは1962年キューバ危機当時よりも高まると警鐘を鳴らしています。

2位では、中国習近平国家主席への権力集中リスクを指摘。異例の3期目続投を決めた習主席は毛沢東以来の「比類なき権力」を掌握した一方、反対意見を圧殺し、大きな間違いを犯すリスクが高まっていると指摘しています。

昨年のランキング1位だった「中国ゼロコロナ政策失敗」に関して「決められた時と同様に独裁的に終えられた」と揶揄。独裁による恣意的決定や政策の不安定化を懸念しています。

3位は「人工知能(AI)による偽情報」が起こす社会混乱リスク。AIの進化とソーシャルメディアの普及が重なり、フェイクニュースや陰謀論が拡散されやすくなっていると指摘。スペインやパキスタンの総選挙で顕現化することを予測しています。

4位は「物価高の影響」。世界の中央銀行がインフレ抑制に向けて金融引締を余儀なくされ、世界は景気後退に追い込まれるとしています。

5位は「追いつめられるイラン」。女性弾圧等を巡って抗議デモが激化し、政府がデモ参加者を支援する国々に対して暴挙に出るリスクを指摘しています。

個人的に興味があるのは、9位「デジタルネイティブ世代の台頭」。経済も産業も政治も、デジタルネイティブ世代の台頭によってさらに変革が加速化するでしょう。

企業、社会、国家とも、デジタルネイティブ世代を活かせる場合は発展する確率は高く、活かせない場合はガラパゴス化し、進化から取り残されそうです。

(了)


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