岸田首相が子育て政策の成功事例として知られる「奇跡の町」岡山県奈義町を訪問したそうです。奈義町では2000年代前半から子育て政策充実に取り組んできましたので、国は「20年遅れ」です。奈義町でも一時は高齢者等から「子どもや若者を優遇し過ぎ」との批判が出たそうですが、「現役世代が働く意欲(納税意欲と納税能力)を維持でき、次世代が育ってこそ、現在の高齢者も守られる」という論理構造を、国民全体で共有することが肝要です。
昨年5月、米テスラ・スペースX社CEOであるイーロン・マスクが「出生率が死亡率を上回るような変化がない限り、日本はいずれ存在しなくなる」とツィッターで呟いて物議を醸したことは記憶に新しいと思います。
「存在しなくなる」ことはないにしても、中国・韓国・ベトナム・フィリピン・トルコ・ブラジル等出身の外国人在住者が増えている状況を鑑みると、日本という国の風景は既に変わりつつあります。
タレントやスポーツ選手の中にハーフ・クォーターや日本国籍を取得した外国人が増えていることからも、その進行度が想像できます。
「それでいいじゃないか」という意見もあると思いますが、日本人の出生率が上がり、日本人の人口も増える中で、ダイバーシティ(多様性)のある国になるというのが最も望ましい姿でしょう。
出生率低下は国家や社会が成熟すると共通して直面する課題ですが、欧米諸国は総じて少子化対策に成功し、出生率低下に歯止めをかけています。その代表としてよくとりあげられるのがスウェーデンとフランスです。
スウェーデンの少子化対策は1980年代から本格化しました。雇用のみならず、男女機会均等に主眼を置き、婚姻制度や出産・育児に関して女性が感じていた障壁を改革することに取り組みました。
象徴的な政策として1988年に施行された「サムボ法」が挙げられます。これは、婚姻関係を結んでいない同棲者(スウェーデン語で「サムボア」)に婚姻者と同様の権利や保護を与える法律です。
この制度では、同棲者が最終的に結婚に至らずに別れた場合には、住居・家財を平等に分けます。
また、婚外子も差別を受けることはなく、父親は子の養育費を支払う義務が生じるなど、法律婚と同様の権利・義務が保障されます。
父親に対する養育責任は厳格です。DNA鑑定によって親子関係を確定し、父親が養育費を払わない場合には国が代わりに母親に支給し、社会保険庁が事後的に父親の給与から天引きする方法で確実に徴収する仕組みになっています。
「サムボ法」施行後、結婚前に同棲する男女が急増。現在では法律婚夫婦の約9割が「サムボ法」に基づく同棲婚経験者だそうです。
育児休業制度も手厚く、子どもが1歳6ヶ月になるまでは全日休業、8歳までは部分休業が取得できます。また、両親合わせて480日の休業給付があります。
スウェーデンは1974年に世界で初めて両親双方に対する育児休業中の収入補填制度を導入。育児休業制度そのものは当然のように相当以前からあったため、いつから始まったという認識がないほどです。日本で育児休業制度が導入され始めたのは1990年代ですから、雲泥の差です。
しかし、スウェーデンでも2000年代前半頃の父親の育児休業取得率は母親の10分の1程度。そこで2008年、両親が育児休業を平等に取得することを促進する税制優遇制度を講じたところ、今では父親、母親とも、育児休業取得率は約80%になりました。
さらに、子どもを出産する間隔を短くすると優遇される「スピードプレミアム制度」を導入したことが少子化対策に効果を発揮したと言われています。社会の言葉狩り・批判偏重傾向の強い日本では、制度の名前に異論が出そうなネーミングです。
「スピードプレミアム制度」は、2年半以内に次子出産があった場合、前の出産時休業直前の所得の8割が次子育児休業中に保障されます。
また、その場合には児童手当は16歳まで支給され、多子になるほど割増しとなり、所得制限や税加算もありません。
保育サービスも充実しています。自治体の保育サービス実施責任者は、申請状況に応じて4ヶ月以内に保育の場を保障することが義務づけられています。
さらに、保育所の利用料金に上限を設ける「マックスタクサ制度」が施され、様々なバウチャー制度を利用して多様な保育サービスを受けることができます。
フランスも1950年以前から、出産・育児と就労の両立に関して幅広い選択ができる制度を整備してきました。
少子化が懸念され始めた1980年代以降、当初は家族手当等の経済的支援を中心に制度拡充を進め、1990年代以降、保育支援を充実させたことが出生率回復に寄与したと言われています。
婚姻制度そのものについてもスウェーデンと同様に改革に取り組み、成人男女が持続的共同生活を営むための「パックス(PACS)」と呼ばれる民事連帯契約を導入しました。
PACSは解消が容易で、住居・家財等が相続できるため、スウェーデンの「サムボ法」と同様に婚外子増加につながりました。事実婚やシングルマザー等、多様な家族のあり方に対して社会全体が寛容であったことが出生率回復に影響しています。
フランスの経済的支援としては家族手当給付制度が代表的です。家族手当の支給要件は1970年代後半から「婚姻」から「居住」に変更され、ひとり親手当も同時期から導入されました。
妊娠出産にかかる全費用が保険適用であり、羊水検査、無痛分娩、出産時の入院にかかる費用も対象です。出産費そのものは無料であり、出産2ヶ月前から所得に応じた出産準備金が支給されます。
妊娠中の有給休暇制度が整備されており、妊娠前後4ヶ月(合計8ヶ月)は有給が保障され、育児休暇中には別途500ユーロから600ユーロ(日本円で7万円前後)の手当が支給されます。
経済的支援とともに、働く母親への支援サービス提供に早くから注力しています。「ペリネケア」は、出産後に助産師や理学療法士等による骨盤底筋肉リハビリ等を無料で受けられます。
児童手当は20歳未満の子どもが2人以上いる家庭に給付され、子どもが多いほど、子どもの年齢が上がるほど、1人当たり・1月当たりの支給額が増し、かつ税負担は逆に軽減される仕組みになっています。
保育に関しては、3歳児未満の半数が託児所を利用しています。市町村の財政難対策として、ファミリー保育や認定保育ママといった制度を導入しました。
認定保育ママは自宅に4人までの子どもを預かることができ、病児保育や深夜保育も含め、幅広いメニューが用意されています。
フランスは徹底して「子どもを産めば産むほど有利なシステム」を追求しており、就労と育児の両立支援が国民のコンセンサスになっています。
育児休業明けの職場復帰の際には、休業前と同等の給与とポジションが保障され、父親も産休・育休を取得しやすい配慮が行き届いています。
スウェーデン、フランスと対比する観点から、英国についても少し触れておきます。
英国の家族政策は「不介入原則」がベースにあります。しかし、労働環境改善、教育制度充実、外国人無料出産等の政策を重点的に行った結果、出生率が回復しました。
もちろん、出産・育児の支援制度そのものも整備しています。出産費用は全額補助のほか、児童手当は第一子も含め16歳になるまで支給され、所得制限はなく、年間所得が低い世帯ほど支給額が大きくなります。
母親は休業給付9ヶ月分がついた出産休暇が最大12ヶ月間認められています。父親は子どもの誕生から26週間以内に7週間の休業給付付き休暇が取得できます。
公的な保育所は少なく、企業内施設や民間施設が中心ですが、保育費用の80%が税額控除されます。
6歳未満の子どもを持つ両親には、柔軟な働き方を事業主に申し出る権利が与えられており、事業主は6歳を超えても自発的に要請に応じているようです。その結果、約1割の家庭が学校の学期中のみ働くことを選択しているそうです。
2004年には「チャイルドケア10ヶ年戦略」が打ち出され、育児休暇と無償教育権を拡大。16歳までの公立学校学費、医療費、薬代等は全て無料です。
なお、英国の出生率統計には外国籍や移民由来の英国人が含まれているため、出生率の維持・上昇には移民第2世代の貢献が大きいと推察されており、スウェーデンやフランスとは異なる傾向が指摘されています。
以上のスウェーデン、フランス、英国の子ども政策事情を踏まえつつ、日本の出産・育児支援政策及び女性政策の経緯を振り返ります。
日本でも1980年代にワーク・ライフ・バランスという概念が認識され始め、1986年には男女雇用機会均等法が施行されました。
しかし、女性の家事負担軽減等の観点は意識されず、時は折しもバブル全盛期。「24時間働けますか」という栄養ドリンクCFのキャッチフレーズが持て囃され、女性の結婚・出産・育児と就労の両立という目標が語られることはあまりありませんでした。
しかし、1989年出生率の「1.57ショック」に端を発し、1991年には育児休業法施行、1996年には育児休業給付金が支給されるようになり、徐々に出産・育児支援政策及び女性政策が意識されるようになりました。
ところが、時を同じくして日本経済はバブル崩壊後のコストダウン偏重経営傾向が強まり、パート・非正規雇用が拡大しました。
そのうえ、子ども政策分野への財政支出の対GDP比は低く、2003年ではスウェーデンの3.54%に対して約5分の1、わずか0.75%しかありませんでした。
2007年「ワーク・ライフ・バランス憲章」が発表され、非正規雇用の待遇改善、非正規雇用の正規化、正規雇用の働き方見直し等々が叫ばれ始めましたが、掛け声倒れで実質的改善が実現しないまま2010年代に突入。
事態改善に取り組んだものの、それでも2014年時点の子ども政策支出対GDP比はスウェーデン3.63%に対して日本は1.34%にとどまっていました。
未婚化・非婚化・晩婚化・晩産化の傾向が強まる一方、スウェーデンのサンボ法、フランスのパックスのような制度が創設されることもなく、婚外子による少子化抑止という展開にはなりませんでした。
婚姻率低下には社会全体の固定的な婚姻制度に対する拘り、自由なライフスタイルに対する寛容度の低さ等々も影響しています。
また、非正規雇用・低所得層にとっては、子どもの教育費負担が出産を控える大きな要因として構造化していきました。
以上のような経過を経て、かつ深刻な少子化に直面し、ここにきてようやく政府も子ども・子育て政策や女性政策等に関心を高めています。完全に遅きに失していますが、遅くても今から取り組まなくてはなりません。
スウェーデン、フランス、英国、及び日本自らの経験と現状を鑑みると、少子化改善のためには、第1に所得環境、第2に労働・子育て環境、第3に婚姻や子育てに関する社会通念、この3つがそれぞれ改善されることが必須です。
第1の所得環境については、岸田政権になってようやく日本の賃金水準が約30年間低迷していることを認め、賃上げの大合唱になっていることは歓迎すべきですが、実際に上がるか否かがポイントです。また、今年上がっても、継続的上昇が担保されなければ少子化改善効果は期待できません。
第2の労働・子育て環境改善には、男女とも長時間労働や就業慣行が変わらなければ、具体的な効果は得られません。今後の展開次第です。
第3の婚姻や子育てに関する社会通念については、婚外子の考え方、家庭内における父親の家事分担に対する受け止め方等が変わらなくては、これまた具体的効果は得られません。
今や結婚した夫婦の3分の1が離婚し、うち8割で母親側が親権を有し、その母子家庭の平均年収が230万円弱。しかも、そのうちの8割で父親側が養育費未払いという悲惨な状況が改善しなければ、「異次元の子育て政策」も掛け声になるでしょう。
国の支援策が遅々として進まない中、企業や自治体の中には独自の工夫で成果を出す事例も散見されます。
昨年4月には「伊藤忠ショック」という言葉が飛び交いました。伊藤忠が社内保育所等の子育て支援に注力し、「朝型勤務」という早朝出勤・早期退社という独自の工夫をしたところ、同社女性社員の出生率が1.97になったことを公表しました。10年前には出生率1.0未満であったことを鑑みると、参考にすべきインプリケーションがあります。
2000年代前半から子育て支援策に注力した岡山県奈義町では2019年の出生率が2.95まで上昇。日本全体の2倍以上になりました。生まれる前から高校生まで、子どもに対する切れ目ない支援体制を確立。不妊治療費・出産費・保育料・給食費・教材費等々、とにかく手厚い支援体制です。
町内に高校がないため、高校生へのバス代支援、若者の定住を促す居住環境整備等々、参考にすべき実績を上げています。
高齢者等から「子どもや若者にお金をかけすぎ」との批判も出たそうですが、「子どもや若者がいるからこそ町が成り立つ」というロジックで論破し、今では「奇跡の町」と呼ばれています。
何を参考にし、国全体でどのような取り組みをすべきか。議論に時間をかけている余裕はありません。必要なのは「異次元の少子化対策」という掛け声ではなく「有言実行」です。
(了)