ゴールデンウィーク(GW)も今日で終わりですが、その間、米国ではファースト・リパブリック・バンクの破綻、FRBによる10回連続利上げというイベントが起きました。FRBパウエル議長は政府債務上限の限界が迫っており、6月1日にも債務不履行に陥る懸念について言及しました。GWボケにならないように、情報をフォローして明日からの仕事に備えます。前号に続いて、金融情勢についてです。
3月のシリコンバレーバンク(SVB)、シグネチャーバンク(SB)破綻直後、一時経営危機に陥ったファースト・リパブリック・バンク(FB)が5月1日に破綻しました。以下、FRB(連邦準備制度理事会)と略称を区別するため、同銀行をFBと記します。
1985年設立、資産規模全米14位(2022年末時点)のFBはカリフォルニア州を拠点として富裕層ビジネスに注力していました。FBは保護されない預金の割合が67%(昨年末)と大きかったことも影響し、SVB、SB破綻に伴う信用不安から、FBも預金流出、株価急落、経営危機に陥りました。
3月16日には大手金融機関11行がFB支援のために総額300億ドル(約4.1兆円<1ドル135円換算、以下同>)の預金を預け入れ、FBはとりあえず難局を脱しました。
信用不安は欧州に飛び火し、不祥事等で業績悪化傾向にあったスイス大手金融機関クレディ・スイス(CS)も経営危機に陥り、預金流出、株価急落を受け、政府や中央銀行の仲介で3月19日にスイス金融最大手UBSによる救済買収で破綻を免れました。その際、CSのAT1債券が無価値になった経緯と問題点はメルマガ前号で取り上げたとおりです。
その後、信用不安は小康状態となっていたものの、4月24日のFB決算発表で3月末時点の預金残高が昨年末比719億ドル(約9.7兆円)減少していたことが判明。翌25日から預金流出、株価急落に見舞われ、経営危機が表面化。去年末には約121ドルだったFBの株価は4月28日には3ドル余まで下落しました。
FBの預金残高には3月に大手11行が預入した300億ドルも含まれているため、実際の流出額は1019億ドル(約13.8兆円)。FBの預金全体の約4割が流出したことになります。
FBは1日早朝に米連邦預金保険公社(FDIC)管理下に置かれ、政府、FRB及びFDICの
要請もあって米銀最大手JPモルガン・チェース(JPMC)がFBの全預金と大半の資産を継承することに決定。同日、全米8州にあるFBの84店舗はJPMCの店舗として営業を継続しました。
JPMCはFBの融資債権約1730億ドル(約23.4兆円)、証券300億ドル(約4.1兆円)、預金920億ドル(約12.4兆円)を継承。JPMCはFB買収対価としてFDICに106億ドル(約1.4兆円)を支払いました。
FBの総資産は2291億ドル(4月13日時点、約30.9兆円)とSVBを上回り、2008年に倒産した貯蓄金融機関ワシントン・ミューチュアル(WM)に次ぐ史上2番目の規模の銀行破綻となりました。WMは総資産3070億ドル、預金残高1880億ドルでした。WM買収もJPMCが行い、破産管財人たるFDICはWM銀行事業をJPMCに19億ドル(約0.3兆円)で売却しました。
FB経営破綻とJPMCによる買収が発表されて以降、他の金融機関の株価が軒並み急落する一方、JPMCの株価は上昇。
リーマンショック前の2006年からJPMCを率いるジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は「FB買収によって得られる利益は『そこそこ』に過ぎないが、政府高官からの要請に応じた」とマスコミに語っています。
実際は『そこそこ』の利益ではなく、JPMCにとって富裕層ビジネスに注力していたFB買収が戦略的に重要であるからこそFDICの要請及び入札に応じたと考えるべきでしょう。
JPMCは自行の戦略分野であるウェルスマネジメント(富裕層ビジネスの中核)における規模拡大の利益を享受します。
また、JPMCにとって収益的メリットだけでなく、金融業界のリーダーとしての地位、レピュテーション(評判)を固めることにつながりました。
全米最大手のJPMCは、リーマンショック時に上述のWMとベアー・スターンズを買収したのに続き、今回のFB買収によってさらに巨大化を遂げました。
JPMC自身が「too big to fail(大き過ぎて潰せない)」の典型的対象となり、その点に関しては他行の反発やJPMC自身が経営危機に陥った際の処理方法についての懸念を惹起します。
米バイデン大統領は今回のFB経営危機においても「全預金者を保護する」と明言し、FDIC預金保険の上限25万ドル(約3375万円)超の預金も全て保護することとしました。これに伴い「ペイオフ制度」は事実上形骸化したと言わざるを得ません。
また、FB買収に関するFDICによる入札において、JPMCを含む複数先から応札があったことは、今後の米国における金融危機(銀行のバランスシートのデュレーションリスク増大)に際して、民間金融部門が潜在的対応余力を有していることを証明しました。
預金全額保護、民間金融部門の対応余力という2つが、当面の信用不安を鎮静化させる重要な要因となっています。
FDICによると2021年時点で現行の預金保護上限である25万ドル超の預金割合は金額ベースで46.6%と約半分。1949年以降で過去最大です。
大統領の指示を受け、FDICは預金保護制度の3つの改革案を提示しました。第1は現行制度の枠組みを維持しつつ、保護対象範囲を拡大する(金額引上げ等)案。第2は全預金を上限なく保護する案。第3は口座の種類によって預金保護限度額に差を付け、法人決済口座は他口座よりも保護範囲を大幅に拡大する案です。
FDICは上記のうち第3の法人決済口座優遇案が最有力だとしていますが、FDICが改革案を早々に提示している背景にはもうひとつ理由があります。それは、信用不安時における預金流出速度が尋常ではない速さになっていることです。
経営破綻したSVB、SB、FBの共通点は、SNSやインターネットを通じた金融サービスに注力していたことです。それが、預金流出速度を加速させました。「デジタル時代の預金取付」という意味で米国では「デジタル・バンク・ラン」と呼ばれています。
最初に破綻したSVBの場合、3月8日に経営不安説が流れる契機となった債券売却損が発表されると翌9日だけで420億ドル(約5.7兆円)、10日には1000億ドル(約13.5兆円)の預金が流出。トリガーの8日から僅か2日後の3月10日に経営破綻しました。
預金流出加速の原因はSNS上で経営不安に関する書き込み、とりわけ「まずは預金を引き出して」と預金引出を促す書き込みが一気に拡散したことです。ネガティブ情報はFacebook、Twitter、Instagram等のSNSで瞬く間に広がっていきます。
SNSやインターネットバンキングが普及した現代においては、預金保護制度が現行のままでは取付騒ぎや預金者のパニック抑止に十分に対応できない状況が、FDICによる改革案早期提示につながっています。
こうしたIT環境進化も影響したものの、SVB、SB、FB破綻の最大の理由はFRBによる急速な利上げです。金利上昇に伴って保有債券の価格が下落し、含み損や売却損拡大の情報がSNSで拡散し、信用不安、預金流出、経営危機に至りました。
とりわけ、FBは富裕層、中間層向けの住宅ローンや商業用不動産向け貸出に注力していましたので、昨年からのFRBによる急速な利上げの影響で銀行の資金調達金利は上昇、低金利で提供した住宅ローン等が逆鞘となって含み損を抱える状況になりました。
また、FBは目減りした住宅ローン債権等に「株式転換できる特殊債券」を「オマケ」として付けて販売促進、財務強化を企図したものの、CSのAT1債騒動に端を発し、かえって悪評、経営不安を惹起することとなり、株価が一段と急落、経営破綻に至りました。
こうした状況下、FRBは5月2日と3日に開催したFOMC(連邦公開市場委員会)で、さらに0.25%の利上げを決定。信用不安よりもインフレ抑止を重視した決定です。去年3月にゼロ金利政策を解除して以降、FOMC10回連続の利上げです。
パウエルFRB議長は「破綻3銀行の預金は全額保護されている。米国の金融システムの状況は3月以降大きく改善し、健全で強固だ」とわざわざ述べたうえで「インフレ率はまだ高い」として、利上げの妥当性を強調しました。
さらに銀行破綻が相次いだことに関して「我々が間違いを犯したことは十分に認識している。銀行業界を引き続き注視し、この出来事から正しい教訓を得て同様のことが2度と起きないように取り組んでいく」と言及。蛇足ですが、失敗や政策の行詰りを認めようとしなかった黒田前日銀総裁とは随分違います。
一方、FOMC後に発表された声明からは「今後も追加の金融引締が適切だと予想している」という文言がなくなり、次回会合での利上げ停止の可能性も示唆しました。以下、これまでの経緯を整理しておきます。
コロナ禍が拡大した2020年3月、金融市場の動揺を抑えるためFRBは2回に亘って緊急利下げ(合計1.5%)。ゼロ金利政策を導入しました。
2021年12月以降、CPI(消費者物価)が7%以上となりインフレが加速したことから、2022年3月に0.25%利上げを行い、ゼロ金利政策解除。利上げは3年3か月振りでした。
5月に22年振りの幅となる0.5%利上げと量的引締(金融資産圧縮)を決定。その後もインフレ収束の兆しは見えず、6月から11月までに4回連続で0毎回.75%の大幅利上げ。
秋以降、CPIが前月を下回る傾向が続いたため、12月FOMCでは利上げ幅を縮小して0.5%利上げ。3月の利上げ開始以降、利上げ幅縮小は初めてでした。
今年2月にはさらに利上げ幅を縮小して0.25%利上げ。会合後の会見でパウエル議長は「インフレが収まっていく過程が始まった」と述べました。
その後、インフレ再加速を示す経済指標が相次ぎ、パウエル議長は3月7日の議会証言で「利上げペースを加速させる用意がある」と言及。
市場では0.5%利上げを予想したものの、3月10日と12日に銀行破綻が相次いだため、3月利上げ幅は0.25%にとどめつつ、連続9回目の利上げを断行。
今回5月の0.25%利上げは市場の当初予想どおりでした。FOMC直前の5月1日にFB破綻があったことから、決定内容に注目が集まりましたが、市場との対話重視(市場の予測可能性重視)、インフレ抑止優先のスタンスを堅持した決定でした。
3月以降、欧米の信用不安、金利引上げの影響に注目が集っていますが、日本の金融業界も安泰ではありません。課題を抱えています。
日本銀行の正副総裁が交代して金融政策の今後の展開が気になるほか、人口減少、長引く超低金利、各地の地場産業や中小企業の苦境、与信先の後継者不足等々、地域金融機関にとって難題山積です。当面の課題を整理します。
第1は外債の逆鞘問題です。ここ数年、地域金融機関は外債運用を増やしてきました。日銀のマイナス金利政策によって日本国債では稼げなくなり、相対的に高利回りの外債運用に傾倒してきました。
しかし米欧金利が上昇し、外債投資に必要な外貨調達コストが上昇して外債運用益を上回り、逆鞘になるケースが相次いでいます。
米欧金利の動向次第では、損失覚悟で売却する必要があります。しかし、損失を穴埋めする収益源がなければ躊躇せざるをえないでしょう。収益余力とノウハウの乏しい中小地域金融機関ほど、外債逆鞘問題への対応が遅れ、損失が膨らむ可能性が高いと言えます。
第2は「ゼロゼロ融資」返済本格化に伴う影響です。「ゼロゼロ融資」とはコロナ禍対策として導入された無担保、ゼロ金利で資金を貸し出す制度です。融資後3年間の利子は借入企業に代わって都道府県が金融機関に補給します。つまり、担保も支払金利も不要なので「ゼロゼロ融資」です。
補給利子水準は都道府県によって区々ですが、大半は1.2%。今や地域金融機関の中小企業向け貸出金利は0.3%程度。1.2%の補給利子は地域金融機関の収益源になっていました。
しかも返済が滞っても元本の80%あるいは100%を信用保証協会が肩代わり。つまり地域金融機関にとってはリスクフリーの高収益貸出でした。
その「ゼロゼロ融資」返済本格化は、収益源剥落、返済に伴う与信先破綻増加、それに伴う既往貸出も含めた不良債権増嵩が予想されます。
第3に、金融庁の「2022事務年度金融行政方針」の影響です。金融庁は問題のある金融商品や金融取引の是正を宣言しており、その代表格として指摘されたのが仕組み債。地域金融機関が顧客にリスクを完璧に説明できないまま、外資系・メガバンク・証券会社等の斡旋で仲介しているような商品は一掃する方針を打ち出しています。
ここ数年、金融庁・日銀は地域金融機関の合併統廃合を水面下で後押ししてきました。そのため、以下のような施策が行われています。
第1に、同地域内にある地銀の合併・統合について独占禁止法の適用除外とする特例法施行、第2に地域ビジネスを認める銀行業務規制の緩和、第3に日銀と連携し、合併統合にかかる費用の一部を補助する「資金交付制度」等です。
こうした支援策も奏効し、昨年5月に青森銀行とみちのく銀行という同県内地銀同士が経営統合で合意したほか、7月にもフィデアホールディングス(傘下に山形・荘内銀行と秋田・北都銀行)と東北銀行(岩手)が県域を跨いだ経営統合推進で合意しました。
経営統合による経費削減、余力の他分野投入が期待されます。しかし、隣接地銀の合併は経費削減効果大の一方、隣接していない地域金融機関同士では効果は未知数です。今後は業態を超えた(要するに地銀と信用金庫)の合併統廃合が鍵となるでしょう。
金融庁・日銀が地域金融機関の合併統廃合・再編を含む経営基盤強化に重点を置いているのは、1990年代のバブル崩壊後に不良債権処理が遅れて地域金融機関の破綻が相次いだ過去の経験があるからです。筆者自身、当時は日銀側の当事者として仕事をしていたので、その背景は理解できます。
地方の中小企業は後継者不足や業容拡大、経営改革等で苦労していますので、ソリューション・ビジネスの能力がある地域金融機関はその分野で伸びています。
その一環として、大手地銀では企業買収時の買収資金を借り入れる「LBOローン」等のストラクチャード・ファイナンスの残高が増えています。
しかし、そうした取り組みができるだけの人材やノウハウを抱えていない地域金融機関の苦境は続くでしょう。米欧とは事象は異なりますが、日本の金融業界も安閑とはしていられません。
(了)