政治経済レポート:OKマガジン(Vol.529)2024.2.25

22日、日経平均が34年振りに最高値更新。株価上昇はよいことですが、その34年間に米国株価は14倍。手放しでは喜べませんね。その米国でも株価が高騰。このメルマガで再三取り上げているNVIDIAの株価は22日の1日だけで16%上昇。時価総額は約2770億ドル(約41兆7000億円)増加し、1日の増加額としてはメタ社の記録(1970億ドル)を上回る史上最大を記録。株式市場から目が離せませんが、今後の市場動向に影響を与えるのが米大統領選挙の行方です。


1.約900億円

24日、米共和党のサウスカロライナ州での大統領予備選(第5戦)が行われました。同州の元知事ニッキー・ヘイリー氏がトランプ氏に完敗。ヘイリー氏は地元で敗北しましたが「大統領選挙から撤退しない」と明言。その理由は下記の事情や健康問題等によりトランプ氏が最終的には大統領選挙に立候補できなくなる可能性があるからのようです。以下、敬称略で進めます。

2021年1月に支持者が起こした連邦議会議事堂襲撃事件をトランプ自身が扇動した疑いは晴れていません。トランプに大統領選立候補資格があるか否かを巡る連邦最高裁の審理は続いています。

16日、ニューヨーク州民事法廷はトランプの不動産税不正申告に関する裁判で3.55億ドル(約533億円)の罰金支払いと同州内での3年間ビジネス禁止を申し渡し。罰金に加え、年率9%の判決前利息9800万ドル(約147億円)の支払いも命じました。

トランプはレイプ事件に関する裁判でも昨年、原告に8330万ドル(約125億円)の賠償支払いを命じられています。

3月25日からは元ポルノ女優への不倫口止め料に関する選挙資金法違反(口止め料を選挙資金から拠出した嫌疑)の刑事裁判がニューヨークで始まります。口止め料を渡したトランプの元弁護士は実刑判決を受け、既に刑期終了。検察側証人として出廷するそうです。トランプも有罪となれば罰金のみならず実刑判決を受ける可能性が囁かれています。

これら裁判にトランプが2023年中に支払った弁護士費用は5000万ドル(約75億円)以上。控訴裁判等で今年も同程度の弁護士費用等が必要なため、トランプにとって当面必要な資金は上記の罰金・利子・賠償金や弁護士費用等を合計すると6億ドル(約900億円)近くに及びます。

トランプは自称「ビリオネア」ですが、保有資産の多くは不動産であり、罰金等を支払うだけの現金を有しているか否かに注目が集まっています。

トランプ自身は昨年の裁判の証言で「現金は4億ドル(約600億円)以上有している」と述べていますが、それでは今年支払いが必要な金額に約2億ドル足りません。

こうした状況下、大統領選挙に臨む共和党全国委員会(RNC)の資金流用懸念が浮上。サウスカロライナ州予備選後に現委員長がトランプ陣営の圧力によって強制的に退任させられ、後任にトランプが推すノースカロライナ州共和党委員長が就任すると報道されています。さらにトランプは、次男の妻(ララ・トランプ)を共同委員長に就任させることを狙っているそうです。

そのララが「共同委員長に就任したら、委員会の全資金をトランプ当選のために使う」と発言したことから、共和党の資金を裁判費用に流用することが懸念されているのです。

以上の諸情報を聞くと、それでもなおトランプ再選の可能性が囁かれる米国という国がよくわからなくなります(苦笑)。とは言え、トランプ当選に備えた「もしトラ」議論が喧しいのが現実です。

トランプは2017年から21年の大統領在任中、「アメリカ・ファースト」を掲げ、国際協力や同盟を顧みない言動を繰り返しました。国連人権委員会やパリ協定(気候変動対策)等から次々離脱。日韓等の同盟国に対して従来比数倍の軍事費負担を要求しました。

任期後半には、中国との対立姿勢を先鋭化。一方で同盟国軽視を継続したことから、米国の一極支配体制が揺らぎ、多極主義を掲げる中露の台頭・伸長を許しました。

トランプ再選の場合、まず予想されるのはウクライナ支援の縮小・中止。ウクライナを犠牲にして現状凍結を選択し、米国の負担を軽くするためです。トランプは世界秩序、人権、民主主義等に関心がないようです。台湾についても強いコミットメントを発しません。

国連軽視も続くと予想されます。現在、国連15専門機関のうち中国人がトップを務めるのはFAO(国連食糧農業機関)だけですが、中国は虎視眈々とポストを狙っています。PKO(国連平和維持活動)も現在11ミッションが動いていますが、米国はフェイドアウトし、中国のプレゼンスが高まるでしょう。

トランプは在任中に他国独裁者に対する融和的な言動も目立ちました。トランプ再選の場合、経済的利益と引き換えに中国・ロシア・北朝鮮と驚くような妥協をするのではないかと危惧されています。

2.太平洋分割統治

とくに米中関係が懸念されます。現在の新冷戦時代の幕を開けたのは前トランプ政権でした。2020年7月、ポンペオ国務長官(当時)が演説で習近平主席を「破綻した全体主義イデオロギーの信奉者」と呼び「中国共産党は自由を侵し、自由社会が築いてきたルールに基づく秩序を転覆させる」と訴えました。

このメルマガでも過去に取り上げましたが、2007年の米中海軍首脳会談で中国側が「ハワイを境界線として太平洋を東西分割統治すること」を米国側に提案。その事実は翌2008年、会談の米側出席者であった海軍司令官ティモシー・キーティングが上院議会証言で認めました。

習近平はオバマ政権時代から「太平洋には中国と米国を受け入れる十分な空間がある」と繰り返し発言し、分割統治を唱えています。2017年11月、当時大統領だったトランプとの共同記者会見でも同様の発言をし、トランプは反論しませんでした。

日米は同盟国ですが、過去にも共和党政権時に日本は米国に梯子を外されています。ニクソン政権は1969年、同盟国に軍事負担を求めるグアム・ドクトリンを突如発表。1971年には米ドルと金の交換停止を一方的に宣言、同年には日本に事前通告なしでキッシンジャー訪中を断行。

レーガン時代にはプラザ合意や日米半導体協定、ブッシュ(父)時代には湾岸戦争で「ショー・ザ・フラッグ(自衛隊の旗を見せろ)」と言われ、日本は結局1兆円の資金を拠出。

就任早々9.11に遭遇したブッシュ(子)はイラク戦争時に「同盟国の任務はデリバリー(運搬)である」と述べて波紋を呼びました。同盟国も輸送業務ぐらいは担えという主張です。

米国人は南シナ海等における中国の横暴な振る舞いに否定的なものの、中国から日本、韓国、フィリピン等を守るために米国の財政や米兵の命を犠牲にすることにも否定的です。

米国がこれ以上負担を増やしたくないと考えれば、太平洋の西半分のオーナーシップ(主導権)を中国に譲り渡すこと、すなわち太平洋分割統治は絵空事ではないと考えるべきでしょう。その場合に生じる事態を想像するとゾッとします。

米ソ冷戦時代の日本は対立の最前線ではないため、切迫した危機感は希薄。そのため、安全保障を巡る議論も抽象論に終始してきました。

しかし、米中対立において日本は地理的に最前線です。いわんや太平洋分割統治のような議論が出てくると、最前線以上の緊迫した環境下に置かれます。ワースト・シナリオを想定すべきでしょう。

日本は、米国には「不可欠の同盟国」であることを認識させる一方、中露鮮に対しては「手強い相手」であり続けることが不可欠です。それができなければ、日本という国家は相当厳しい状況に追い込まれます。

中国が覇権的意欲を露わにし始めた2000年以降も、日本の経済界は「政冷経熱」と称し「政治と経済は別」と嘯いて安直に中国詣でを続けました。その結果が現在の状況です。経済的観点だけで対中関係を考えることは困難な時代となりました。

「経済安全保障」という言葉が象徴するように「経済の武器化」が進んでいます。自由な経済活動や貿易を追求する新自由主義に対する盲信は、トランプ政権誕生やブレグジット(英国EU離脱)を経て変質しました。

モノの生産や移動を制限しないと国家の安全は守れないという認識が経済安全保障です。グローバリズムそのものは続くでしょうから、グローバリズムと経済安全保障をどのように両立させるかが問われています。

日本企業としては、中国に依存しない「デリスキング」の観点から半導体IC(集積回路)等の重要産業の生産拠点多様化を進めることが肝要です。

トランプが支持されるのは「米国人の本音を語っているから」との論評を耳にします。「移民・難民は米国に来るな」「米国が他国を守る必要があるのか」等のトランプの発言には、多くの米国人の共感を呼ぶ魔力があります。

トランプが敗北しても将来的に「トランプ的な人物」が再登場するでしょう。日本の政官財学各界関係者には、日米同盟の幻想に囚われない現実直視の思考や判断が求められます。

3.トランプ・シミュレーション

これまでのトランプの演説や公開された政策関係資料等を見ると、当然前政権時との継続性・連続性があると同時に、新たな衝撃的内容も含まれています。以下、日本に影響の大きい分野を中心に要点を整理します。トランプ・シミュレーションです。

第1に対中政策。トランプは中国製品への関税強化だけでなく、中国に対する最恵国待遇撤回、対中国投資や中国からの資本流入に対する規制強化等を含む措置を断行し、米中二大経済圏の「デカップリング(切り離し)」を推し進めることが予想されます。

昨年12月、超党派議員グループが対中国関税率引上げ、中国投資制限を提言。既にトランプの対中国政策を議会が支持する兆しが出始めています。

その一方で前項のとおり、経済的交渉のカードとして太平洋分割統治のような軍事的譲歩を言い出す懸念があります。

第2に、中国以外にも貿易・投資分野で厳しい対応を迫るでしょう。トランプは「アメリカ・ファースト」主義をさらに強化することを明言しており、米国の産業を「10%関税」で守る(囲い込む)という構想を述べています。実際に断行されれば、世界の通商構造、サプライチェーンに新たな混乱をもたらすことは必至です。

「10%関税」構想は、日本、カナダ、メキシコ等、対米国貿易量の多い同盟国に圧力をかけ、譲歩を求める交渉テーブルに座らせることを企図していると推測されます。

第3は税制。トランプは前政権時に導入し、2025年に失効する所得税減税の恒久化を計画しています。米国メディアの世論調査によれば、この減税は、富裕層、中小企業経営者、不動産関係者等のトランプ支持につながっています。

法人税率は35%から21%に引下げられていますが、1期目就任当初の目標であった15%への更なる引下げも検討しているようです。

トランプはこの策を労働者層や中間層対策として訴えています。日本と違って、法人税軽減で企業収益が好転すると、それが労働者や中間層に還元されることを労働者や中間層が信じている(実際に経営者が賃上げする)ことが背景にあるようです。

なお、減税恒久化に伴う歳入穴埋めとして、上述の関税率引上げ等通商交渉から得られる財源を充てることを想定しているようです。

第4に財政政策。トランプは2017年の減税で財政赤字を増大させました。一方、長期的な財政赤字拡大の主因である社会保障制度、メディケア(高齢者・障害者向け医療保険制度)、メディケイド(医療扶助制度)の改革には無関心でした。

トランプは外国支援や温暖化対策関連の補助金、移民等に対する政府支出を抑制することを明言しています。要するに、孤立主義的な政権運営によって財政負担の大きい外国支援、国外紛争関与、移難民支援を縮小し、政府支出を節約するという主張です。

第5は金融政策。トランプは前政権中、FRB(連邦準備制度理事会)には厳しい姿勢で臨み、2019年には利下げを拒否するFRBを批判し続けました。再選されれば、こうした圧力が再び強まるでしょう。

FRB当局者は2024年末までに利下げする可能性を示唆していますが、トランプ再選後はそれを加速させる圧力をかけると予想されます。

植田和男日銀総裁は「日本はインフレの状態にある」と言い始めました。2024年中の出口戦略染手、利上げ局面入りが予想されることから、再選後のトランプ政権下で日米金利差が一気に縮小する可能性があります。

なお、トランプは2026年に任期切れのパウエルFRB議長を再任しない意向を明らかにしています。

ウクライナと中東で紛争が続く中、金が安全資産としての需要に支えられて値上がりしています。金融証券為替市場はトランプ要因で予測の難しい局面が続くことから、商品相場、とりわけ金価格が上昇することが予想されます。

第6はエネルギー。トランプは昨年11月に公開したビデオメッセージで「私がホワイトハウスに戻ったら、親米的エネルギー政策を復活させる」と語っています。

その後の発言も踏まえると、要するに米国内での石油・天然ガス掘削量増大のために規制や政策を転換するということです。シェールガスの一大産地「マーセラス・シェール」へのパイプライン建設認可を早めることも明言しています。

さらに、米国をEVとクリーンエネルギーの方向へ誘導するための諸優遇措置を廃止すると述べています。その延長線上にパリ協定再離脱があります。

第7は気候変動対策。トランプは燃費や排ガス基準等によるエネルギー規制の撤廃を含め、現在の気候変動対策を全否定するでしょう。上記のとおり、世界の平均気温上昇を産業革命前比2度未満に抑えるというパリ協定からも再離脱すると予想されます。

第8は規制緩和。トランプは連邦取引委員会(FTC)や連邦通信委員会(FCC)等の規制機関を大統領権限下に置くこと、新たな規制が1つ提案されるごとに既存の規制を2つ削減することを宣言しています。

連邦政府職員は新しい公務員試験を受けることも求められるようです。前政権時、僕の事務所でインターンをしていた米財務省職員が「離職公務員が激増し、政治任用ポストも空席のまま」とボヤいていましたが、また同様の展開になりそうです。

第9に移民問題。トランプ再選の場合、移民を制限する大統領令が発出される可能性が高いと思います。米国で生まれた非正規移民の子供に対する自動的市民権付与も廃止されると予想します。

トランプは昨年11月の集会で「移民は米国の納税者の汗と貯蓄を食い物にしようとしている。そんなことはさせない。直ちにすべてを終わらせる」と発言しています。

米国大統領選挙の投票日は150年以上前に制定された連邦法によって「11月の第1月曜日の翌日の火曜日」と定められています。2024年大統領選挙は11月5日です。あと残り8ヶ月。あらゆる事態に備えた議論と準備を進める必要があります。

(了)

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