政治経済レポート:OKマガジン(Vol.536)2024.6.2

6月に入りました。先月は生成AIやIT覇権を巡る目まぐるしい動きがありました。後世振り返ると、2024年5月はIT覇権を巡る節目のタイミングだったと言われるかもしれません。動きを整理しておきたいと思います。ITやAI関係の内容は企業名や製品名をアルファベット表記、カタカナ表記のどちらにするか迷うところですが、今回は極力アルファベット表記で書いてみます。


1.Chat GPT-4o

5月13日の月曜日にOpen AIが生成AI新モデル「Chat GPT-4o」を発表したのに続き、14日の火曜日にはGoogleが新検索機能「AI OVERVIEW」と新しい動画生成AI「Veo(ベオ)」を発表。さらに20日の月曜日にはMicrosoftがAI機能を高めた新型PCを発表。いずれも、驚異的な新製品です。

まず、Open AIのGPT-4oについてです。旧モデルよりも性能が飛躍的に向上し、かつ高速化。人間の会話のような音声で回答するようにプログラミングされています。

デモシーンをTVで見ましたが、まるで実際の人間と話をしているような感じです。感情を込めたり、気を引くような口調で応答したり、「ついにここまで来たか」という感じです。

テキスト情報のみから学習するのではなく、画像からも情報を読み取り、それをもとに回答や会話ができます。人間の顔から感情を識別することも可能です。過去のプロンプト(質問や指示内容)を参考にするメモリーも搭載されています。

言語の翻訳は日本語を含む約20ヶ国語に対応しているそうです。デモシーンで見たスピード感からすると、同時通訳も可能な気がします。

GPT-4oの応答は途中で遮ることもできるため、生身の人間相手の会話と同じようなリズム感とスピードでやりとりできます。デモでは、褒めると「やめてください、照れちゃいます」と答えていました。驚きです。

新モデルは完璧なものではなく、人間(デモの場合は笑顔の男性)を木製の物体の表面と勘違いしたり、数学の問題に関するやりとりでは提示していない方程式を解き始める等の不具合もみられました。

信頼性や安全性を損なう可能性のある不具合やハルシネーション(幻覚=事実に基づかない情報を生成する現象)が完全に解決されるには至っていないようですが、それでも驚きであることには変わりありません。ハルシネーションについてはメルマガ523号(2023年11月16日号)を参照してください。

「Siri(シリ)」や「OK Google」等の従来のAIは完全に「過去のAI」になった印象です。自動車に喩えると、20世紀の人間が運転する自動車から21世紀の自動運転車に進化したぐらいのイメージと言えます。

GPT3が公開されたのは2022年11月。これが世界の度肝を抜いて、日本でもアッという間に「生成AI」「チャットGPT」という言葉が浸透しました。

翌2023年、イーロン・マスクは「Grok」を公開、英国AI企業Deep Mindの共同創業者ムスタファ・スレイマンも「Pi」を公開してOpen AIを猛追しましたが、その間もOpen AIはむしろ他社を引き離しつつあります。

Open AIは2023年3月にはGPT4をリリース、同年11月にはGPT4ターボをリリース。そこから7ヶ月しか経っていないのに、速度は倍、コストは半分にした今回のGPT-4oをリリース。驚異的な開発スピードです。

「o」はラテン語の「omni」の頭文字であり「全ての」という意味です。つまり、GPT-4oはテキスト、音声、画像等の「全ての」情報の組み合わせをシームレスに処理できるということを表しています。Open AIが競合他社をリードしている状況に変わりはありません。

AI技術は、さらに急速に、さらに高度化かつ迅速化し、かつ洗練され、人間のパートナーとしての存在感を確立しつつあります。しかし、現状においては、知性があるものでも、魔法でもなく、複雑なプログラミングと機械学習による「製品」です。

但し、「AIのゴッド・ファーザー」と言われる英国生まれのAI科学者ジェフリー・ヒントン(1947年生まれ、現在はトロント大学名誉教授)は「AIはやがて意識、自我、人格を持ち始める」と予測しています。完全にかつてのSF映画の世界になってきました。

なお、昨年来AppleはOpen AIとパートナーシップを結ぶのではないかと噂されていましたが、今回のOpen AIのデモシーンを見ると、プレゼンテーションの随所でApple製品が使用されていました。どうやら噂は本当のような気がします。

さて、Open AIによるGPT-4oの公表は、Googleが自社開発の最新AIを披露すると告知していた年次カンファレンス「Google IO」の24時間前というタイミングで行われました。Open AIは猛追するGoogleを意識してこのタイミングを設定したのでしょう。開発競争とマーケットシェア争いの熾烈さが垣間見えます。

2.AI Overview+Veo

Open AIがGPT-4oを公表した翌日の14日、Googleは検索サービスの回答作成に生成AIを導入すると発表。世界をリードしてきた検索エンジンにとって、過去四半世紀で最大級の革新です。

スンダ―・ピチャイCEOは米カリフォルニア州で開催された「Google IO」で、Googleの対話型AI「Gemini」を使用した新しい検索機能「AI Overview」を今週から米国で提供開始すると発表しました。

AI Overviewでは、従来の検索結果一覧の上にAIがインターネット上で見つけた情報の要約と情報源のリンクが表示されます。

検索エンジンを巡っては、米新興Perplexityのような生成AIを使用した検索サービスが次々登場しており、老舗であり現状ではマーケットリーダーであるGoogleにとってプレッシャーになっています。Open AIも独自のAI検索ツールを開発中との情報も流れています。

さらにFacebook、Instagram、WhatsAppといったSNSやメッセージアプリ内にもAIチャットによる検索機能が装備され始めており、ユーザーはGoogle検索を利用しなくてもインターネット上から情報を得られるようになりつつあります。しかも、それらが表示する回答は「従来のGoogle検索サービスの結果表示よりも分かりやすい」と評判になっています。

今回のAI Overviewの開発・公表は、そうした動向に脅威を感じているGoogleとしてのカウンタープロダクツと言えます。

小規模コンテンツ事業者等は、AI内蔵・連動型検索エンジンが普及することによってユーザー閲覧数が減ることを恐れています。米調査会社ガートナーは、AIボット使用によって検索エンジンからウェブサイトへの流入が25%減少すると予測しています。

予測が現実化するとGoogleの広告収入にもマイナスですが、Googleはそうした懸念を否定。Googleは「AI Overviewを使うことでむしろユーザーの検索利用件数が増える」とコメントしています。さて、実際はどうなるか、注目したいと思います。

動画コンテンツに基づく検索も間もなくテストを開始するそうです。例えば、壊れた家電製品を撮影し、その動画で検索をかけると修理の方法やヒントが得られるといった機能だと説明しています。

同時にGoogleは、文章指示から動画を生成できるAIを発表。入力文に従って1分超の高解像度動画を生成する動画生成AI「Veo」です。今年中にも、映画関係者等に提供開始するとしています。

Veoは入力文に従って動画を生成します。例えば、「多くの斑点があるクラゲが水中を泳いでいる。彼らの体は透明で、深海で光る」と入力すると、実際に撮影されたかのような高画質の画像を生成します。ネットニュースでその生成映像を見ましたが、まるでNHK番組「ワイルドライフ」等のネイチャードキュメンタリー映像を見ているようです。言われなければ、これがAIによる生成画像だとは気がつきません。

将来的には、傘下の動画投稿サイトYouTubeのショート動画などにVeoの機能を搭載するとしています。そうなるとますますAIによる生成動画やフェイク動画が氾濫し、「偽物」と「本物」、「バーチャル(仮想)」と「リアリティ(現実)」の区別がつかなくなります。

VeoはYouTubeに投稿された動画等を学習して動画を生成しています。そのYouTubeのVeoが生成した動画を流通させるわけですから、自分が生成した動画を勉強してまた別の動画を生成するという、笑えない世界、恐ろしい世界が近づきつつあります。20世紀的比喩で言えば、マッチポンプですね。

Googleはフェイク動画が生成されて選挙等に悪影響を与えることを防止するため、Veoで生成された全ての動画にAIで生成されたことを示すラベルを組み込むとしています。

Googleが1月に発表した動画生成AI「Lumiere」では、生成できる動画の長さは5秒でしたが、Veoでは約12倍、1分になったということです。来年か再来年には、2時間程度の映画を全編生成できるレベルに達するそうです。

Open AIも2月、最長1分の長さの動画を高解像度で生成できるAI「Sora」を発表し、一部クリエイターを対象に既に提供を開始しており、年内に一般ユーザーにも公開される見通しです。動画生成AIを巡る競争も一層激化する様相です。

3.Copilot+ PC(エッジAI)

Open AIが性能を飛躍的に向上させた「GPT-4o」を発表したのに続き、Googleが生成AI機能を付加した検索ブラウザーを発表。それから1週間後の20日、今度はMicrosoftが生成AI機能を搭載した新コンピューター「Copilot+PC」を発表。上述のOpen AI「GPT-4o」をAIアシスタント「Copilot」に利用します。

リアルタイム翻訳や画像生成が可能なほか、「Recall」「Cocreator」等の新AI機能を備え、生産性と創造性が飛躍的に向上。40ヶ国以上の言語に対応し、ネットや文書の閲覧履歴を瞬時に検索したり、手書きの絵からイラストを自動作成することもできます。

新PCの性能を支えている新しい半導体ICの演算能力は、Appleが5月に発表したiPad Proの最新半導体IC(M3 Pro)の38TOPS(TOPS=1秒間の演算回数1兆回)を上回る40TOPSと説明。

演算回数の高速化によってAIとしての性能はApple製AIの約3倍。その結果、Microsoft「Copilot+PC」はApple「Mac Book」より58%性能が高いとしています。

Microsoft でAI製品開発部門トップ、ムスタファ・スレイマン氏の発言が印象的です。「AI時代に合わせてPCを『再発明』する」と表現。「iPhoneで携帯電話を『再定義』した」と述べたApple共同創業者スティーブ・ジョブスを意識した発言と思われます。

「Copilot+PC」はAIをPC上で素早く動かす「エッジAI」です。「エッジAI」とは、インターネット経由でデータセンター(DC)に接続しなくても機能するAIです。

これまでの生成AIはDC内のサーバーで情報処理するため、インターネットを通じてデータを送受信し、データ処理に一定の時間を要しました。通信環境が悪いと利用不可。一方、「エッジAI」は翻訳等に用途を限定することによってPC上で機能する生成AIです。

PC搭載「エッジAI」は通信不要のため、インターネット圏外でも遅延なくデータ処理が可能であり、プライバシーやセキュリティ上の懸念も解消。利用者側の通信コストがかからないうえ、DCの電力消費も削減。

良いこと尽くめのように聞こえますが、「エッジAI」を登載することでスマホやPCの価格は上昇します。とは言え、「エッジAI」の世界市場は年平均3割ペースで拡大し、2029年に1000億ドル(約15兆円)以上に達すると予測されています。

米Microsoft「エッジAI」戦略の鍵となるのは、上述のとおり高性能の半導体ICです。「エッジAI」を動かすCPU用半導体ICに、Microsoftは長年のパートナーである米Intelではなく、スマホに強い英Qualcommを採用しました。省エネ性能の高い英Armの設計です。Qualcomm、Armともスマホ向けにおいて高い市場シェアを有しています。

基本ソフトOSのWindowsを搭載したこれまでのPCではIntelやAMD(Advanced Micro Devices)製の半導体ICが支配的でした。両社の半導体設計技術が事実上の標準となっていたためです。

MicrosoftはWindowsとIntel半導体の組み合わせでPC全盛期を築き、「Wintel連合」と呼ばれましたが、今回のMicrosoft新型PCによる「エッジAI」普及はこの覇権構造を変える可能性があります。

PC黎明期以来、WindowsとMacは盟主の座を争い続けてきました。ビジネス向けPCではMicrosoftがWindows 95でIntel半導体や業務ソフトを組み合わせて覇権を握りました。

しかし1998年、ソフト抱き合わせ販売手法が米司法省等に独禁法違反で訴えられたことが影響し、2000年代にネットや携帯電話が普及する局面で出遅れました。一方、Appleは2007年にiPhoneを発表。基本ソフト(OS)Androidを開発したGoogleとともにスマホ時代を主導しました。

Microsoftの反攻契機となったのは2019年のOpen AIとの提携です。生成AIの普及を睨み、Microsoftは累計1兆円超をOpen AIに投資。2022年11月のチャットGPT公開以降、Open AIの技術をWindowsや業務ソフトに次々と組み込んできました。

生成AIブームの牽引役となったMicrosoftは時価総額で3兆ドルを突破。Appleから世界首位の座を奪還。さらにPCとAIの融合も進め、生成AI戦略で出遅れるAppleを突き放そうとしています。

しかし、Appleも黙っていないでしょう。AI処理を高速化した自社製半導体開発を進めており、5月にはiPadやiPhoneにAIソフトを組み込むことを発表。6月に最新技術、最新製品を発表するイベントを開き、生成AIとiPhoneの融合についての方針を示すようです。「PC対Mobile端末」の「Microsoft対Apple」の戦いはAIに舞台が移りました。

「エッジAI」の流れはPCやスマホにとどまりません。自動車や機械など「エッジAI」が有用な領域は多岐にわたります。そして「エッジAI」はAI用半導体ICに支えられています。

半導体ICを制する者がAIを制します。AIに最適な半導体ICを開発・調達できるプレーヤーが新たな覇権を握るでしょう。

(了)

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