政治経済レポート:OKマガジン(Vol.542)2024.9.1

台風10号で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。台風は今日も東海沖で迷走中。東海道新幹線が運休のため、先週末来、名古屋に缶詰状態です。そんな中、ブラジル政府がデマ情報拡散に対策を講じないX(旧Twitter)を使用禁止にしたというニュースに遭遇。使用者には刑罰を科す厳しい措置です。前週末にはTelegram創設者であるロシア出身パーヴェル・ドゥーロフがフランス当局に逮捕されました。今やSNSは社会や文化、産業や経済、さらには国際情勢にも影響を与える存在となっています。この機会にその歴史を整理してみます。第3項はいつもより一層長文ですので、お暇な時に読んでください。ご参考になれば幸いです。


1.ロシアのザッカ―バーグ

8/24日、フランス捜査当局は通信アプリTelegram創業者でCEO(最高経営責任者)のパーヴェル・ドゥーロフがプライベートジェットでアゼルバイジャンからパリ近郊ルブルジェ空港に到着したところを逮捕したと発表しました。文中、父や兄も登場するので、以下パーヴェルと記します。

逮捕容疑は、Telegramへの監視を怠り、麻薬密売、児童ポルノ、マネロン等の組織犯罪を黙認した疑い。Telegramはかねてより、匿名性が高く、犯罪の温床と指摘されていました。逮捕状を出したフランス公共機関OFMINは未成年への暴力撲滅を目指し、詐欺や麻薬取引、ネットいじめ、組織犯罪、テロ支援の商機的調査を行っている組織です。

Telegramは暗号通貨(仮想通貨)の取引や情報交換の舞台にもなっています。パーヴェル逮捕の報道を受け、Telegramと関連する暗号資産(暗号通貨)の価値が一時3割近く下落しました。

パーヴェルはロシア出身でフランスとUAE(アラブ首長国連邦)の国籍、及びセントクリストファー・ネイビス国の市民権を有し、現在はドバイ在住。ロシア国籍を放棄したか否かは不明です。

Telegramはロシアやウクライナ等で普及しているSNSでユーザー数は約9億。ウクライナのゼレンスキー大統領やロシア政府高官も頻繁に投稿しています。詳しくは次項に記しますが、通信が暗号化されるうえ、一定期間経過後はメッセージが自動削除される等の機能から秘匿性が高く、犯罪者の連絡手段として重用されています。

パーヴェル逮捕を受け、在仏ロシア大使館がフランス当局に説明を求めると同時に、同氏の権利保証及びロシア大使館との接触確保を求めて弁護士を立てて同氏と連絡を取っていると報道されています。

パーヴェルは元々ロシア政府と対立をしていた(後述)ものの、今回のロシア大使館の対応を見ると、ロシア政府とパーヴェルの現在の関係は不透明です。

パーヴェルは1984年レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれのロシアの起業家。兄ニコライ・ドゥーロフとともにロシアのSNS(ソーシャル・メディア・ネットワーク)であるVK(VKontakte<フコンタクテ>)やTelegramの開発者、創設者として知られています。

ドゥーロフ兄弟は幼少時代、父ヴァレリー・ドゥーロフ(サンクトペテルブルク大学教授)の勤務の関係でイタリアのトリノで育ち、2001年にロシアに帰国。サンクトペテルブルク大学付属寄宿学校を経て、 2006年にサンクトペテルブルク大学哲学科を卒業。

兄弟はその頃登場したFacebookに影響を受け、VKを創業。会社は30億ドル相当の価値にまで成長し、パーヴェルは「ロシアのザッカーバーグ」と称されるようになりました。

2011年のロシア下院選挙に際し、ロシア政府はVK上の野党政治家のページ削除を要求しましたが、パーヴェルはこれを拒絶。サンクトペテルブルク警察が自宅に押し掛けたものの、パーヴェルは長時間ドアノックに応じず、警察を退散させたそうです。

2012年、VK買収を画策したオリガルヒ(ロシア財閥)企業Mail.ru(インターネット企業)の申し出を拒否。2013年、再度VK買収を迫られ、最終的に株の52%を Mail.ru に売却。2014年、Mail.ruは残りの全株式を取得し、VKの単独株主になりました。

同年4月1日、パーヴェルはVK取締役会に辞表提出。2月に始まったウクライナ危機と関連した行動と報道されましたが、パーヴェル自身は4月3日に「エイプリルフールのジョークだった」と辞職を否定。

4月16日、パーヴェルはウクライナの反ロシア政府派のデータをロシア治安当局に引き渡すこと、及びVKのアレクセイ・ナワリヌイ(プーチンの政敵、今年2月16日死去)のページをブロックすることを拒否。彼は自分のVKページにロシア政府のそれらの要求を公開し、「要求は違法」と主張しました。

4月21日、パーヴェルはVKのCEOを解任され、「VKがプーチンの仲間に乗っ取られた」と主張。その後パーヴェルはロシアを去り、マスコミに対して「帰国する計画はない」「ロシアではインターネットビジネスは成立しない」と述べていました。

ロシア出国の際、パーヴェルはスイス銀行に3億ドルの現金を保全するとともに、セントクリストファー・ネイビス国の財団に25万ドルを寄付。これによって同国の市民権を取得。現在は事実上の亡命者として世界各地で活動しています。

因みに、セントクリストファー・ネイビス国はカリブ海西インド諸島の2つの島で構成される英連邦王国加盟国。面積と人口は米大陸で最小であり、英連邦王国最後の加盟国です。

その後パーヴェルは、保全した資金で次の会社であるTelegramを創業。同社は当初はベルリンに本拠地を置き、暗号化メッセージングサービスに取り組みました。Telegramは現在ドバイに本社を置いています。

2014年、パーヴェルは30歳未満の最も有望な北欧リーダーに選出されたほか、2017年WEF(世界経済フォーラム)ではフィンランド代表のヤンググローバルリーダーとして登場。2018年にはカザフスタンのジャーナリスト連合がロシア政府に抵抗するパーヴェルを表彰。フォーチュン誌はパーヴェルをビジネス界で最も影響のある「40歳未満の40人」に選出。日本ではあまり知られていませんが、世界的には注目人物です。

2018年4月、ロシア通信監督庁がTelegramの使用を禁止したため、モスクワで抗議デモが発生。IPアドレス遮断等の封じ込め策に対して、Telegramは技術的対抗手段を講じてロシア向けサービスを継続。Telegramはロシア政府のネット検閲に抵抗する象徴的存在となりました。

コロナ禍発生に伴い、ロシア当局も国民への情報提供ツールとしてTelegramを事実上活用せざるを得ず、使用禁止措置は形骸化。2020年6月18日、「Telegramが薬物犯罪やテロとの闘いに協力するようになった」との理由で禁止解除を発表。パーヴェルは「素晴らしいニュース」とコメントして歓迎。さらに7月、ロシア首相も参加するIT業界の討論会にTelegram副社長が参加。現在のパーヴェル及びTelegramとロシア政府の本当の関係は不透明です。

2022年に始まったロシアのウクライナ侵攻に伴い、両国や欧米諸国でインターネットの規制や検閲が強まりました。Telegramは暗号化機能を有していることから、ロシア、ウクライナ双方で利用されているほか、米政府の規制・検閲を受けるビッグ・テック管轄外のSNSツールとして、世界中で利用が広がっています。

2.闇バイトとTelegram

Telegramはロシア発のSNSです。上述のとおり、暗号通貨のコミュニティ運営にも重用されています。

TelegramはLINEやMessenger等と同様にメッセージ授受や通話が可能です。現状、日本ではあまり使われていませんが、ユーザー数はLINE(約2億)を遥かに上回る約9億。世界的に普及しているSNSです。

旧ソ連圏のロシア、カザフスタン、ウクライナ、ベラルーシ、アルメニア、アゼルバイジャン、キルギス、モルドバとヨルダン、カンボジア、エチオピア等の諸国では、WhatsAppやMessenger等を凌ぐ最大ユーザー数を誇ります。ロシア国内での利用シェアは60%超と推定され、次点WhatsAppの倍近い水準です。

現在は独ベルリンに拠点を置く独立系非営利企業Telegram Messenger LLPが運営。VKとの直接的関係はなく、租税回避のためタックス・ヘイヴンの英領ヴァージン諸島トルトラ島に登記上の本籍地を置いています。

Telegram にはLINEやMessenger等にはないメリットがあります。第1は情報秘匿性(セキュリティ性能)が高いということです。

Telegramはユーザー同士でシークレットチャット(下記)ができます。暗号化されるので当事者(2人)以外は閲覧不可。運営側(管理者)も閲覧できないと言われています。一定時間経過後に送受信双方の端末からメッセージが自動削除されるため、履歴を残さずに連絡が取り合えます。

会話の内容を守るためにAndroidではスクショ不可。iPhoneではスクショ可能ですが、スクショをしたことが相手に通知されます。徹底してコミュニケーションの秘密が守られるように設計されている通信用SNSです。

専門的でよくわかりませんが、公開資料では「自社開発プロトコルMTProtoを使用し、AES-256 AES暗号とRSA2048暗号、ディフィー・ヘルマン鍵共有をベースにしている」

と説明。セキュリティ問題の専門家からは「Telegramの説明には技術的根拠がなく、ユーザーをミスリードしている」との批判も聞きます。専門家からの批判はともかく、一般には機密性が高いと理解されています。

第2に無料で利用でき広告が表示されないことです。広告を見る必要がなく、ストレスフリーの点がユーザーに受けています。

第3に様々なコミュニケーションメニューが用意されていることです。チャット、シークレットチャット、グループ、スーパーグループ、音声通話、ユーザー数無制限のチャンネル、ボット作成等々、Telegramならではの機能があります。

通常チャットはクライアントとサーバー間で暗号化され、複数端末からアクセスできます。この場合、管理者が暗号鍵を用意すれば、サーバーに保存された情報を閲覧可能です。

シークレットチャットは1対1のプライベートチャット。上述のとおり、メッセージは暗号化して送信され、当事者以外は運営側(管理側)もメッセージ閲覧不可。つまり、エンドツーエンドの暗号化でアクセスは当事者端末に限られます。一定時間経過後に自動削除機能は上述のとおりです。

スーパーグループは複数人でのチャット機能です。スーパーグループでは最大20万のユーザーが参加することができます。

もちろん、公開グループも設定可能です。公開にするとTelegram内でグループが検索に表示されます。通常のグループをスーパーグループにアップデートすることもできます。

チャンネル機能はグループとは違い、参加ユーザー数は無制限。グループはそれぞれが発信してやりとりをすることができますが、チャンネルは管理者しか発言できません。管理者が発信する情報を一方的に受け取るのがチャンネルです。

第4にAPIが公開されているため、ユーザー(クライアント側)にとってオープンソースです。APIとは「アプリケーション・プログラミング・インターフェース(Application Programming Interface)」の略称。ソフトウェアやプログラム、Webサービスの間を繋ぐインターフェースのことを指します。

一方、サーバー側のソフトウェアはクローズドソースです。パーヴェルの説明によれば「サーバー側をフリーソースにすると、クライアント作成のソフトウェアを自社クラウドの一部として動作させる際にアーキテクチャの大規模再設計が必要になるため」としています。しかしパーヴェルは「全てのコードは将来オープンソース化する」と明言し、新たなTelegram用アプリケーションを自由に開発できるようにすることを謳っています。

第5に、第4のAPI公開を受けて、Android、iOS、Windows Phone、Windows、macOS、Linux等々、多くのプラットフォームに対応しています。

第6に、上記第4、第5を受けて、音声メモ、写真、ビデオをはじめ、全てのファイルフォーマットを送受信することができます。

第7に、WhatsAppと同じく、チェック1回で送信、チェック2回で受信というメッセージリードステータスのプロセスを採用しています。これも利用者にとっセキュリティ面での安心材料になっています。

第8に「ゼロストレージ使用宣言」を掲げ、無限のクラウドストレージを保証していることです。2024年現在、ユーザー毎に決められた最大容量はなく、実質的に無限の保存容量が保証されています。無料アカウントは1ファイル2GB、有料アカウントは1ファイル4GBまで自由にTelegramサーバー上にアップロードできます。アップロードしたファイルは他ユーザーとシェアしたり、プライベートな保存場所として格納することもできます。全てのメッセージやファイルは端末から自由に削除可能なほか、サーバー上に常時バックアップされており、再ダウンロードすることが可能です。

第9に、上記の様々なメリットを受けて、暗号通貨の情報収集や取引の場として活用されています。暗号通貨の売買は国によっては厳しく規制されており、そうした国で暗号通貨に関する情報交換をするにはTelegramのような匿名性とセキュリティ性に優れたツールが必要です。そのため、Telegramが重用されています。また、関係ファイル授受には様々なファイル形式や大容量に対応することが必要であり、そうした点でも上記メリットが寄与しています。

Telegramの始め方は簡単です。まずはTelegramのアプリをダウンロードします。PCはもちろん、AndroidやiPhoneでも使うことができます。電話番号と基本情報(名前<実名でなくても可>)を登録すると、即Telegramを利用できます。

Telegramは日本語未対応です。したがって、翻訳パッチをダウンロードして日本語対応させる必要があります。そのためにはTelegramの日本語化チャンネルにアクセスし、確認事項に同意すると、Telegramが自動的に再起動され、日本語化対応が完了します。

Telegramはその匿名性や機密性の高さ故に危険な側面があります。

つまり、犯罪者に重用、多用されています。暗号化され、一定時間経過後に自動削除されたメッセージは警察当局でも復元は困難と言われています。犯罪者の証拠隠滅に役立っているわけです。実際に強盗事件や振り込め詐欺、麻薬取引やテロ等でTelegramが使用されています。記憶に新しい日本のルフィ事件(闇バイト斡旋事件)でも使われていました。

Telegram上で金銭を要求するTelegram詐欺も横行しています。Twitter等のSNSで「短時間で高収入」という謳い文句で「闇バイト」募集が行われていますが、それに惹かれて投稿者に連絡すると、おそらくTelegramに誘導されます。「闇バイト」求人の連絡先としてTelegramアドレスが悪用されています。

Telegram発祥の地ロシアでは、上記のとおり2018年から2020年まで使用禁止となり、当該規制から逃れるためにTelegramは運営拠点をロシアからドイツに移しました。

ロシア政府による使用禁止の目的が、犯罪対策だったのか、反政府的行動をとっていたパーヴェル弾圧だったのか、定かではありません。そして上述のとおり、現在のパーヴェルとロシア政府の本当の関係もよくわかりません。

3.SNS栄枯盛衰

SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の明確な定義はありません。とりあえず、ネット空間内でコミュニティを構築可能にするサービスとしておきます。政府や企業も様々な分野でSNSを利用しており、今や公共インフラ的サービスと言っていいでしょう。

多種多様なSNSがあります。「デジタル2022(We Are Social報告書)」によれば、ユーザー数はFacebook29億、YouTube25億、Whatsup20億、Instagram14億、WeChat12億、TikTok10億、Snapchat5億、Twitter(現X)4億等となっています。

SNSのビジネスモデルは大きく分けて3つです。第1は広告収入モデル。mixiやMySpaceが該当し、閲覧数(ページビュー)を稼ぐビジネスモデルです。

第2はユーザー課金モデル。サービス提供に重点を置き、ユーザーに課金したサービス利用料を収入源とします。ビジネスユースの米国LinkedIn等がこれに該当します。

第3は他サイト誘導・連動モデル。広告収入や課金収入を目的とせず、他サイトに誘導・連動させることを企図。誘導・連動先は上記2つのビジネスモデルかもしれません。

これら3モデルは様々な組み合わせで実用化されています。また、誘導・連動した先でのEC事業等を収入源としているSNSもあります。

コンピュータネットワーク内における新しい社会交流形態はコンピュータ開発初期からその可能性が想定されていました。世界最初の電子コンピュータ(1946年)から78年、Web誕生から30年、その想定は現実のものとなっています。

SNSの前段階として1989年にスタートしたAOLのようなBBS(電子掲示板)的オンラインコミュニケーションサービスがありました。次いで初期のWeb上SNSは1994年のTheglobeやGeocities、1995年のTripod.com等々です。

1990年代後半になると、友人や共通の関心を持つユーザーを探せるSNSが登場。現在に繋がるSNSのルーツは1997年のSixDegrees.comgaと言われています。繋がりのある人物のみが書き込めるBBSやメッセージ機能を備え、ユーザー数は100万に到達。しかし、システム上のトラブルやスパム等の問題から2000年末にサービスを閉鎖しました。

2000年代に入り「友人の友人」を検索できるFriendsterが2002年に登場。招待制で、ブログ作成、チャット、写真保存等、その後のSNSの基本的機能を有していました。ユーザー数は半年間で300 万に到達。しかし、後続SNSに淘汰されて2011年にサービス終了。

2003年にはカスタマイズ可能なプロフィールページを提供するMySpaceが登場。同年、ビジネス特化型のLinkedInもサービス開始。SNSの知名度が向上していきました。

日本はこの頃が黎明期。詳しくは後述しますが、2004年mixi、2005年GREE、2006年モバゲーが登場。これらの日本独自のSNSは一部でブームになりました。

同じ頃、海外でもその後のSNS大衆化を決定づけるサービスが登場。mixi登場と同年2004年のFacebookと2006年のTwitterです。

Facebookはマーク・ザッカーバーグがハーバード大学内の学生向けコミュニティサービスとして構築。やがて他大学に拡大し、2006年に一般ユーザーに開放。実名制や写真共有、「いいね」ボタン等の機能が幅広い層に好感され、爆発的に成長。2008年には日本語版がリリースされ、2010年にFacebook日本支社設立。

Facebookは実名と本人の顔写真等プロフィールの登録を義務づけ。日本ではこの点がハードルとなって爆発的普及までには至りませんでした。なお、実名を立証できる手段を講じていないので、実際には実名制は形骸化しています。

一方、Twitterは短文投稿に特化した匿名SNSとして登場。手軽に情報を発信・拡散できる特性からニュースや情報共有のツールとして急速に普及。オバマ米大統領も利用したこと等が契機となって、SNSの代表例として浸透しました。

Twitterはリアルタイム性が高いうえ、他人の投稿を自分の友達に知らせるリツイート機能があるため、情報拡散に有効。日本語版がローカライズされたのは2008年。前年に登場したスマホと相性がよく、瞬く間に人気の SNSに浮上。スマホが世に出ていなければ、Twitter がこれほど普及することはなかったでしょう。因みに日本人のTwitter利用率は世界でも有数ですが、2011年東日本大震災時にリアルタイムの情報収集・拡散に役立ったことが契機となりました

ところで、2007年のスマホ(iPhone)登場以前の SNS に共通していたのはPC利用が前提だったことです。ガラケーのインターネット接続は原則メールしか想定しておらず、携帯電話から閲覧可能のWeb サイトは限定されていました。

2010年代に入るとSNSはさらに多様化。写真・動画投稿、不特定メンバー閲覧可能なInstagramが2010年に登場し、スマホ普及とともに利用者が急増。Twitterがリアルタイム性を重視しているのに対し、Instagramは共感性を重視。ハッシュタグ文化を拡めたのもInstagramです。Facebookは驚異を感じ、2012年、設立から2年も経っていない売上高ほぼゼロの社員13人のInstagramを10億ドル(約810億円)で買収したのは有名な話です。

2010年には画像共有特化のPinterestも登場。2011年には短時間でメッセージが消えるSnapchatがリリースされ、若者中心に人気を集めました。Snapchatのストーリー機能は、後にInstagramやFacebookにも取り入れられ、SNSの新潮流を生み出しました。

日本のSNS史も俯瞰します。日本では1990年頃のPC通信時代からBBS的サービスが使われ始めました。その後、Web日記サイト等が登場したものの、インターネットが個人レベルで利用されるようになるのは1995年にWindows 95が発売されてからです。

Windows95がブームになる中で1996年に会員制BBSサービス「みゆきネット」スタート。先進的ユーザーの間で評判になりましたが、1999年に終了。

それと入れ替わるように登場したのが「2ちゃんねる」。インターネット普及とともに知名度も利用度も向上。余談ですが、この頃バブル崩壊後の金融不祥事や関係事件を調べることも仕事だった日銀職員としての僕も、情報収集のために「2ちゃんねる」を見ていました。結構、核心をつくディープな情報が書き込まれることがありました。

「2ちゃんねる」は現在「5ちゃんねる」に名前を変え、運営者も創業者ひろゆき氏(西村博行氏)からLoki Technologyという企業に移譲されました。

SNSの主要機能を有するものとしては2002年myprofile.jp、2003年SIV Connect、Gocco等々の課金型や、無料型OpenPNEに加え、個人運営SNSも登場。2000年代前半は言わばSNS 戦国時代。インターネットは低速で画像情報の円滑利用は困難な状況でした。

課金型はネット接続時間に応じて課金されるため、「テレホーダイ」という無制限接続時間帯(つまり深夜)に利用が集中。利用者も深夜に活動する元祖オタク的な若者中心で、送受信される情報も軽容量のテキストデータが中心でした。

そこに高速定額制インターネット接続サービスのブロードバンド「ADSL」が登場。Web サービスは急速な進化を遂げます。

以後は有力 SNS が続々とスタート。2004年が日本におけるSNS元年。前述のとおり、2004年に個人運営GREEとmixiがスタート。遅れてエコー、キヌガサ等の各種SNSも始まりましたが、会員数はGREEが最も多く、イベント利用等で勢いがありました。しかし、コミュニケーション機能が弱く、会員数10万人辺りで日記機能が特徴のmixiに抜かれました。2004年は、前年に米国でリリースされたFriendsterを模したようなSNSが数多く登場した年でした。

mixiはSNS という概念を世に知らしめた初の完全クローズド型招待制国内サービスです。招待制に対する安心感から信用を得たことが契機となり、会員数が増加。日記・ユーザー間交流・閲覧者確認・友人紹介等々、当時としては斬新な機能が受けました。過剰使用の人はmixi中毒と言われ、現在のTwitter中毒の元祖的現象でした。mixiは2000年代後半は日本最大のSNSで、2010年のユーザー数は2000万を突破。しかし、その後はTwitter(現X)やFacebook等の外来SNS台頭によってプレゼンスが低下。

2008年にリリースしたスマホアプリに機能を盛り込み過ぎて操作性に難を生じたこと等が外来SNSに押される一因にもなりましたが、現在でも趣味コミュニティを中心に会員数は2800万を擁し、日本最大級のオンラインプラットフォームです。

iモード、EZweb全盛期だった2000年代半ば頃から携帯電話で楽しむゲームが普及し、SNSとも連動。この潮流に乗って登場したのがmobage(旧モバゲータウン)やAmebaでした。GREE もゲームプラットフォームへと方針転換。ゲームやアバターを通じてプレイヤー同士が繋がる SNSと化しました。

しかし2007年、Apple がiPhoneを発売し、携帯電話そのものの概念が大変革。アプリをインストールできるiPhoneは言わば「PCより高機能なPC」。スマホに適応できなかったPC主体のゲームや SNS は衰退していきました。

Facebook、Twitter、LinkedIn、Facebook等の他のSNSもスマホアプリをリリース。スマホ対応に成功したSNSは生き残りました。

2010年代に入ると大きな出来事が起きました。2012年の携帯電話の4G化です。スマホでの動画閲覧や画像アップロードが格段に円滑になり、さらにはデータ通信料もほぼ定額制に移行。それを機に台頭してきた SNS が以下の3つです。

1つ目は2012年リリースのInstagram。4G を機に「写真や動画によるコミュニケーション」という概念を生み出し、今に至る人気 SNS となりました。

2つ目は2005年リリースのYouTube。4G普及に伴って YouTube時代が到来。今では、個人が気軽に動画を発信し、SNS的側面を有しています。

そしてLINE。2011年リリースの後発サービスながら、スマホとの親和性が高いことに加え、音声通話や文字メッセージが無料で使え、利便性が高いことから急速に普及。電話番号登録だけで利用できる単純さに加え、絵文字やスタンプ、占いやバイト探し等のサービスが日本人の感性に合ったのか、日本では電話番号すら不要と思うユーザーが出るほどに普及。企業だけでなく政府や自治体も活用しており、2020年時点で世界ユーザー数2.2億の4割超の約9千万が日本。mixiは趣味の延長線上での普及でしたが、LINEは通話やメール等の日常コミュニケーションの機能を担ったことが成功理由です。

FacebookのようなオープンSNSに馴染めないユーザーにとって、特定の相手や仲間内だけのツールであるLINEは日本におけるSNS大衆化に寄与しました。

そして2020年代。若年に人気なのはショートビデオプラットフォームと呼ばれるTikTok。Twitter と原理は同じで短尺動画を気軽にアップロードできます。「今」を切り取れるという特性が現代の若者気質にミートしました。

同様のサービスではSnapchatもあります。画像共有アプリPinterestも世界的には人気ツールです。

SNSの大衆化、普及は生活や社会に大きな変化をもたらし、新たな問題も生み出しました。第1にプライバシー被害や犯罪です。写真や個人情報の公開が犯罪に繋がった事例は多数あります。2019年には、SNSに公開された写真の瞳に映る景色から住所が特定された女性がストーカー被害に遭いました。

第2に誹謗中傷。SNSにおける匿名投稿では誹謗中傷が横行、「ネットいじめ」事件が多発しています。木村花さん事件は記憶に新しいところです。

第3は精神衛生。2022年、ハーバード大学医学部がSNSはメンタルヘルスに悪影響を及ぼすと発表。ユーザーは他ユーザーのハイライトシーン(幸せな自分の喧伝)と自身を比較してしまい、自分が不幸と感じて精神的悪影響を受け、鬱状態に陥りがちです。

第4はソーシャルハラスメント(ソーハラ)。会社の幹部が部下に対しSNS上で友達になることや「いいね」を押すことを強要する等々、ソーハラ行為に繋がっています。

第5はフェイクニュース。自然災害や選挙等々、社会的に注目を浴びる事案に対してSNS上で様々な偽情報や嘘が拡散されます。2020年米大統領選挙では他国からもフェイクニュースが投降されました。デマ情報を他ユーザーがリツイートすることで流言が爆発的に拡散します。今回の台風10号でもデマ情報が拡散されました。

第6は依存症。SNSの過度な利用は依存症、中毒症状を起こします。新しい情報や刺激を求めてSNS中毒になり、実生活に支障をきたすケースも報告されています。

第7はアルゴリズムによる創造力低下。今やSNSのアルゴリズムが情報収集を支配しており、これは人間の創造力や判断力を低下させています。

こうした諸問題に対して、SNSを法律によって規制する動きも始まっています。EUでは2018年に「一般データ保護規則(GDPR)」が施行され、個人情報の取扱いに関して厳しいルールが定められました。日本でも2020年に「出会い系サイト規制法」がSNSにも適用されるようになりました。

今後、SNSは技術進歩を取り入れ、さらに高度化するでしょう。AI(人工知能)、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)等を活用し、より一層没入感のあるコミュニケーションが実現する一方で、より深刻な問題にも直面します。

オープンSNSの生み出す問題に対処するため、特定分野やニッチテーマに特化したクローズドSNSが普及するかもしれません。SNSのverticalization(垂直化)とも言えます。

その流れは、分散型SNSにも繋がっていきます。現在の集権型SNSが抱えるプライバシー問題等に対処するため、ユーザーデータを特定企業が管理するのではなく、ユーザー自身がコントロールできる分散型SNSの開発が進んでいます。

栄枯盛衰、流行の移り変わりが早いのがSNSです。これまでと異なる視点での新たなSNS登場の余地はまだまだあります。同時に、社会的影響は益々大きくなっており、政治行政や経済産業の視点からもSNSの動向に無関心ではいられません。

(了)

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