政治経済レポート:OKマガジン(Vol.564)2025.8.1

暑中お見舞い申し上げます。今年の酷暑は一段と深刻な印象です。国際情勢のみならず、経済も技術革新も熱く激動しています。とくにAIを巡る技術革新や企業動向は著しく動きが加速化していると感じます。AIの世界では、従来のCPUやGPUとは根本的に異なる設計によるNPU(Neural Processing Unit)が注目を浴びています。AI処理の効率化と高速化を実現する技術です。今回はNPUについて自分なりに整理してみます。


1.第3の頭脳

コンピュータを動かしている中心はCPU(Central Processing Unit)ですが、AIの普及とともにGPU(Graphics Processing Unit)が知られるようになりました。このメルマガでも早くから取り上げてきました。

しかし、ここにきてGPUとは別のNPU(Neural Processing Unit)というプロセッサーについても必須のアイテムとなってきました。CPU、GPUと並ぶ新たな「第3の頭脳」「AIプロセッサー」とも呼ばれています。

NPUはAIに必須の「ニューラルネットワーク(人間の脳の神経回路を模した数理モデル)の処理に特化した専用プロセッサー」として開発されました。AIの演算処理、特に深層学習モデルの推論処理を最適化した設計が特徴です。要するにAI専用プロセッサーです。

ニューラルネットワーク処理では大量の「行列演算」「畳み込み演算」が繰り返し実行されます。NPUはこれらの専用の演算回路を内蔵することで、従来のプロセッサーでは実現できない処理速度と電力消費効率を実現しています。

CPUやGPUが汎用的な計算処理を前提とした設計であるのに対し、NPUはニューラルネットワークの演算に必要な処理のみに焦点を絞った設計になっています。

CPUは逐次処理に優れた汎用性を持ち、GPUは並列処理に特化していますが、どちらもAI対応の観点からは余分な機能を多く含んでいます。

NPUは不要な機能を削ぎ落とし、AI推論に必要な演算のみを高効率で実行できる回路構成を採用しています。

画像認識や自然言語処理などAIに特徴的な処理をNPUが担うことで、CPUとGPUは本来の汎用処理に集中できます。NPUの活用がAIデバイス全体の性能向上に繋がっているのです。

この役割分担により複数のアプリケーションを同時実行する際の処理が効率化され、スマホやPCのレスポンス性能向上に寄与しています。

また、NPUは低消費電力設計であるため、バッテリー駆動のモバイルデバイスにおいてAI機能を使用しながら長時間の動作が可能になります。

以上のように、CPU、GPU、NPUは異なる役割と特性を持っています。CPUは「PCの頭脳」として全てのプログラムの実行を制御する中央処理装置です。メモリから読み取ったデータを演算してメモリに書き込む処理や、周辺機器への命令送信など、コンピュータの基本的機能を担っています。

しかし、CPUはAI処理において制約を抱えています。CPUは逐次処理を前提とした設計であるため、ニューラルネットワークで必要とされる同時並行計算である大量の「行列演算」「ベクトル演算」を効率的に実行することは困難です。

これを解決するために活用されたのがGPUでした。GPUは本来、グラフィック処理用の高速並列計算を目的に開発されたものです。

GPUは並列計算能力により、機械学習やビッグデータ処理など画像処理以外の分野でも広く活用されるようになりました。

但し、GPUは複雑な計算を大量に同時処理する能力を持つ一方で、消費電力が多いという特徴があり、長時間の連続使用が困難です。

AIの本格的普及期を迎えて、GPUのこうした課題はAI用プロセッサーの高性能化のために解決が必要な課題でした。

そこで登場したのがNPUです。ニューラルネットワーク処理に特化した専用プロセッサーとして、CPU、GPUとは機能的に異なります。

2.行列演算・畳み込み演算・整数計算

NPUはエッジデバイス向けAI専用プロセッサーとして設計されており、データセンターへの接続を必要とせず、ローカル環境でAI処理を実行できます。

AIで主要となる演算は「行列演算」「畳み込み演算」であり、これらの処理をいかに効率的に行うかがAI処理の速度と電力消費効率を左右します。

NPUはニューラルネットワークで頻繁に使用される「行列演算」「畳み込み演算」を高速に処理できるよう特殊な演算回路を搭載しています。

NPUの内部構造は多数の演算ユニットが並列に配置され、AIモデルの計算に必要な処理を同時に実行できる設計になっています。

この並列処理構造により、CPUの逐次処理と比較して数10倍から数100倍の処理速度を実現しています。

また、NPUはディープラーニングの推論処理で多用される「整数演算」を高速に実行できるように設計されています。

「整数演算」に特化した演算器を多数搭載するという構造的な特徴により、CPUやGPUと比較して電力消費を大幅に抑制しながら高い処理性能を実現しています。

また、AI推論処理の特性を活かした「低精度演算」がNPUの大きな技術的優位性となっています。

専門的で素人にはよくわかりませんが、GPUは「32ビット浮動小数点(FP32)演算」を標準としており、「高精度演算」を前提としています。

一方、推論処理では「低精度演算」で十分な性能を発揮できるため、NPUは「4ビット・8ビット整数演算」「16ビット浮動小数点演算」に対応し、演算器の回路規模を小さくすることで、その分を並列処理速度向上に振り向けています。

NPUは推論処理に特化することで、1秒間により多くの演算を実行できる設計を採用し、AI処理の高性能化を実現しています。

集積回路の同じ面積により多くの演算ユニットを搭載することで、大規模な並列処理能力と低消費電力を両立しています。

AI処理において最大のボトルネックとなるメモリへのアクセスの課題に対し、NPUは独自のアーキテクチャで解決策を実現しています。従来のノイマン型アーキテクチャとは異なり、メモリとプロセッサー間のボトルネックを削減する設計を採用しています。

NPUは高速で低遅延なオンチップメモリを演算ユニットの近くに配置し、頻繁にアクセスするニューラルネットワークのパラメータや中間データをチップ内に配置しています。

つまり、外部メモリとの頻繁なデータ転送を最小化し、AI処理に伴う消費電力の大部分を占めるデータ転送による電力消費を大幅に削減しています。

以上を再整理します。NPUはニューラルネットワーク処理に特化した専用プロセッサーで、AI推論処理を効率的に実行します。

CPUは汎用処理、順次処理に優れた汎用プロセッサーで、柔軟性が高く、あらゆる計算が可能なものの、AI処理には非効率的です。汎用的な逐次処理に優れますが、AIの大量並列計算には非効率的です。

GPUはグラフィック処理、AI学習 並列処理に優れたプロセッサーで、大量データの並列処理が得意ですが、消費電力が高いのがネックです。並列処理に強くAI学習に適しますが、消費電力が多いという課題があります。

NPUはAI推論、エッジデバイス向けAI専用プロセッサーで、低消費電力で高速推論が可能ですが、汎用性には欠けます。「行列演算」「畳み込み演算」に特化した専用回路を搭載し、「低精度演算」で高い並列処理能力を実現しています。メモリアクセスの最適化により、データ転送のボトルネックを解消し処理効率を向上させています。

NPUは「第3の頭脳」として、AI処理の効率化と高速化を実現し、AI社会において中核的な役割を担う次世代プロセッサーです。

3.競争加速

NPUの普及はAI実用化を加速させています。NPU搭載デバイスは急増し、日常生活やビジネスシーンでAI普及を促進させています。

NPUを活用することにより、クラウドサーバーに依存せず、ユーザーの手元でAI処理を行えます。この点が、NPUの決定的な価値です。

従来のクラウドベースのAIでは、ネットワーク遅延やセキュリティリスク、通信コスト、電力消費などが課題ですが、NPUを利用することでこれらの課題をクリアできます。

インターネット接続が不安定な環境や完全にオフラインの状況でも、音声認識や画像解析などのAI機能を利用できます。

工場の製造ライン、病院の医療機器、車両の自動運転システムなど、リアルタイム性と信頼性が求められる場面で威力を発揮しています。

NPU搭載のAI付PCの普及により、様々な分野でAI活用が高度化しています。医療分野では、MRI画像やCTスキャン画像の解析にNPUが導入され、従来数時間を要していた画像解析が数分で完了。診断の迅速化と精度向上に貢献しています。

自動運転技術においても、カメラやセンサーから取得する大量データの瞬時処理により、道路状況の認識精度と応答速度が大幅に向上しています。

スマホのカメラ機能では、被写体認識や背景ぼかし効果(ポートレートモード)をリアルタイムで処理し、従来はクラウド処理が必要だった高度な画像加工を瞬時に実行できるようになっています。

音声アシスタント機能においても、NPUの効果は顕著です。音声認識の大部分をオフライン処理できるようになり、ウェイクワード(AIへの呼びかけ「OKグーグル」等)検出から、質問の意味解析、回答候補の生成まで、デバイス内で瞬時に処理されます。

プライバシー保護の観点からもNPUによるローカル処理は重要な意味を持ちます。個人情報や機密データを外部サーバーに送信することなく、デバイス内でAI処理を行えるため、データ漏洩リスクを削減できます。

半導体集積回路の主要メーカーでは、2025年現在、NPU技術の開発競争は激化しており、各メーカーが独自のアプローチでAI処理能力の向上を図っています。

主要メーカー別の動向をフォローすると、QualcommはNPU分野において圧倒的な技術優位性を確立しています。今年1月のCES 2025で発表した新製品は、45 TOPSの処理能力を持つNPUを搭載したPCプロセッサーを約600ドルで販売することを明らかにしました。

6月の上海で開催されたMobile World Congress 2025では、エッジAI処理において年間200~300のAIアプリケーションに対応していることを発表し、今年中にさらなる拡大を予定していることを明らかにしました。

Metaとの共同で開発しているLlama 2モデルでは、スマートフォンやPC、VR/ARヘッドセット、車両などのデバイスで大規模言語モデルをローカル実行できる環境を構築しています。

Intel・AMD・Apple間の激しい性能競争と差別化戦略も注目です。IntelのNPU 4は48 TOPSの処理能力を実現し、前世代から大幅な性能向上を果たしました。

AMDのXDNA 2は50 TOPSを達成し、20個のエンジンタイルから32個へと拡張することで、前世代比5倍の性能向上を実現しています。

Appleは独自のNeural Engineを搭載した新製品により、Face ID、写真処理、リアルタイム言語翻訳などの機能を高効率で実行できる設計を採用しています。

各社の差別化戦略は明確で、Intelは汎用性とエンタープライズ向け機能、AMDは動的プログラマビリティと階層的AI処理、AppleはiOSエコシステムとの統合性に焦点を当てています。

NPU市場は急速な拡大を続けており、2024年の25億ドルから2033年には78億ドルに達する見込みで、年平均成長率14.0%という高い成長率を示しています。

この成長を牽引するのは、5G通信の普及、エッジコンピューティングの拡大、AI・機械学習の統合といった要因です。

NPU技術の普及には課題もあります。最も大きな課題は開発・製造コストの高さです。そそのため、NPU搭載PCは15万円を超える高価格帯が中心となっています。

技術面では特殊なハードウェアアーキテクチャの設計と製造に高度な専門知識と投資が必要で、それに伴って人材確保も課題です。NPUソリューションの設計・実装に必要な専門技術者の需要が供給を大幅に上回っており、業界全体の成長速度を制約する要因となっています。

さらに、NPUは汎用性に欠けるため、AI以外の用途では本来の能力を発揮できないという課題があります。

しかし、これらの課題も、自動最適化ツールの開発、開発環境の標準化、教育プログラムの充実などを通じて解決されていくでしょう。今後数年で著しい進化が進むと思います。楽しみであると同時に、怖いという感覚も感じます。

(了)

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