政治経済レポート:OKマガジン(Vol.565)2025.8.19

トランプ大統領とプーチン大統領の米露会談が終わりました。ウクライナ戦争終結の糸口はまだ見出せませんでしたが、米露大統領の直接会談は意義があると思います。トランプ大統領は2期目の就任以降、複数の関税措置を矢継ぎ早に発表して経済政策でも世界を翻弄しています。その動きは「想定以上のペースと迷走」とも言われていますが、これまでの経緯等について整理してみます。


1.複数の法的根拠

トランプ大統領による相互関税の新たな税率が8月7日から発動しました。約70ヶ国・地域ごとに10%から41%の相互関税がかけられ、その他の国・地域は一律10%です。

米政府はEU(欧州連合)に限り税負担を軽減する特別措置を設けました。既存税率が15%未満の品目は相互関税との合計で一律15%とし、既存税率が15%以上の品目は相互関税を上乗せしない措置です。

日本はEUと同様の軽減措置で合意したと説明していましたが、対象から外れていることが発覚。慌てて再談判を行って同様の軽減措置を得たとされています。

相互関税により世界経済は減速する可能性が高いでしょう。米FRBは米経済が2025年は1%成長と予測。米国一強と呼ばれた2023年2.9%、2024年2.8%と比べ、減速します。米大手証券会社の推計では2025年第4四半期の世界の実質成長率は前年同期比で2.6%、前年同期比で約1%ポイント落ち込みます。

EUは域内GDPが関税開始前と比べて0.5%程度下押しされると試算。特に輸出主導型のドイツへの影響が大きいとしています。

日本経済については、内閣府が2025年度成長率が0.7%になるとの見通しを公表。関税措置で約0.4%ポイント下押しされます。相互関税と自動車関税が15%になり、企業が関税コストを100%価格転嫁して販売が落ち込むという想定です。

ここまでの経過を整理しておきます。トランプ大統領は2月1日、不法移民やフェンタニル流入を問題視し、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき、カナダ、メキシコ、中国に追加関税を課す大統領令を発表。

とくに中国に対しては2月4日から原則として全品目に追加関税10%を賦課。トランプ政権2期目初の追加関税になりました。その後、中国が報復措置をとったことから3月4日より追加関税率は20%に引き上げられました。

メキシコとカナダに対しては発動を30日間遅らせ、3月4日から原則として全品目に25%の追加関税を賦課。ただし、3月7日からは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の原産地規則を満たした産品は追加関税対象外としました。

別の手段も駆使しています。1962年通商拡大法232条に基づく対応です。2月10日、2018年から課している同条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税を強化する大統領布告が発表され、3月12日以降、10%だったアルミ製品への追加関税率を25%に引き上げ、新たに鉄鋼・アルミ派生品を追加関税の対象に加え、国別適用除外も撤廃。6月4日からは鉄鋼・アルミの追加関税率を50%に引き上げました。

3月26日、やはり同条に基づき、自動車・同部品に25%の追加関税を課す大統領布告を発表。自動車に対しては4月3日から、同部品に対しては5月3日から25%の追加関税を課しました。但し、USMCAの原産地規則を満たす場合、輸入申告価格全体ではなく、非米国産部品の価格に対してのみ追加関税を課す緩和措置も同時に設けました。

4月2日になると、再びIEEPAに基づき、全世界からの輸入に対して10%のベースライン関税を4月5日から、貿易赤字額の大きい国に対しては、個別に設定した相互関税を4月9日から課すと発表。

相互関税率は、米国の貿易赤字額を基に設定し、例えばEUは20%、日本は24%、中国は34%としました。

全世界、全品目を対象としたベースライン関税・相互関税の反響は大きく、金融市場が大混乱になったことから、トランプ大統領は相互関税を4月10日から7月9日までの90日間、中国を除く56ヶ国・地域に対して停止し、ベースライン関税10%を適用すると発表。相互関税を課したのは、実質4月9日の1日だけとなりました。

但し、中国は相互関税に対する報復措置を取ったことから、対中相互関税率を段階的に引き上げ、4月10日には125%に到達。さらに、対中IEEPA関税20%と1974年通商法301条に基づく中国原産品に対する追加関税(多くの品目で25%)も加わり、中国からの輸入品の多くは追加関税率が一時170%に達しました。

これら関税措置はいずれも安全保障上の脅威への対処を目的に制定された法律に基づいて実施されています。

IEEPAは「米国の国家安全保障、外交政策、経済に対する、その原因の全部または大部分が米国国外にある異常かつ特別な脅威」に対処すべく、国家緊急事態を宣言することで大統領に対して経済取引を管理する広範な権限を与えています。

安全保障上の脅威に対抗する点では通商拡大法232条もIEEPAも同じですが、通商拡大法232条はあくまで輸入拡大が安全保障に与える影響に限定する点でIEEPAと異なります。また、IEEPAは調査が必要なく発動できるのに対し、通商拡大法232条は輸入制限措置の発動に当り商務省による270日以内の調査が必要です。

矢継ぎ早に発表された複数の関税措置ですが、トランプ大統領は4月29日、一部の追加関税の累積停止と自動車部品に対する追加関税に相殺制度を設けると発表しました。

「累積した関税率が、意図した政策目標を達成するために必要な水準を超える」として、通商拡大法232条に基づく自動車・同部品に対する25%、IEEPAに基づくメキシコとカナダの原産品に対する25%、通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品に対する25%の追加関税(発表当時)の累積を停止すると発表しました。

また、125%までに達した中国に対する相互関税率は、5月12日に行われた米中閣僚会談において、当初の34%に戻すとともに、うち24%分の執行を5月14日から90日間停止し、ベースライン関税の10%を適用することを決定。100%以上の関税率が約1ヶ月で上下したことになります。

8月11日、対中関税の一部を再び90日間延期する大統領令に署名。中国政府も延期を発表。米中は11月10日まで追加関税の一部を停止し、貿易協議を続けるようです。

トランプ政権の関税政策は日を追うごとに変化し、今後も予測不能です。

2.三本柱

米国関税政策に対する相手国あるいは企業の対策として考えられるのは第1に価格転嫁です。とくにベースライン関税は原則として全世界からの輸入に一律にかかるため、価格転嫁に対する理解は得られ易いと思います。

第2はサプライチェーン移管。しかし、一時的な関税措置に対してサプライチェーンを再編、再構築することは困難でしょう。生産拠点移管には数年程度かかるため、仮に今から取り掛かっても実際に稼働するのはトランプ政権後です。

第3にUSMCAの利用です。トランプ政権2期目の関税措置は1期目と異なり、国別・製品別の適用除外を設けていないことが特徴のひとつです。USMCA原産地規則を満たした品目については、IEEPA関税や相互関税、自動車・同部品に対する通商拡大法232条関税の緩和措置を設けています。

USMCAを利用するメリットは関税削減だけはありません。USMCAを利用することで、輸入者は商業貨物税関使用料(MPF)も免除されます。

トランプ政権は追加関税措置をいつまで継続するのでしょうか。それぞれの関税措置は根拠となる法律も政権が考える目的も異なっているため、予測は困難です。

ベースライン関税は製造業回帰や将来的な減税措置に向けた財源確保の観点から、長期化すると考えられます。

ベッセント財務長官は、米国への製造業回帰に向け「トランプ政権の経済政策の三本柱である関税、減税、規制緩和は、相互に独立した政策ではない」と述べ、ベースライン関税は企業が関税回避のために米国内での生産を促すものと位置付けています。

相互関税に関しては、相手国の関税、非関税障壁の撤廃を主な目的としており、二国間交渉で変更、解消される可能性があります。

通商拡大法232条に基づく産業別の追加関税は、産業保護の観点で長期化する恐れがあります。2018年以降継続している通商法301条に基づく対中国原産品に対する追加関税も、米中関係が劇的に変化しない限り続くものと考えられます。

関税措置に対する司法判断も今後を予測する上で重要です。5月28日、米国国際貿易裁判所(CIT)がトランプ政権が課したIEEPAに基づく追加関税を違法と判断しました。

米国では憲法上、連邦議会が「税金、関税、輸入税、および消費税を課し、徴収する」権限及び「外国との通商を規制する」権限を有しています。

CITは「1974年通商法122条は巨額かつ重大な国際収支赤字に限って、同301条は不合理または差別的な外国の通商措置や政策・慣行に対処する場合に限って、大統領に関税を課す権限を与えている」などと他の通商法を例示し、IEEPAについても「議会は大統領に全ての貿易相手国に追加関税を課すような無制限の権限を与えることを意図していない」と断じました。

控訴裁も行われており、9月末頃に判決が出る可能性があります。そのため今後は、米国の国内法としては追加関税を課す根拠として安定している通商拡大法232条や通商法301条などが多用される可能性が高いと思います。

米国には既に活用されている通商拡大法232条や通商法301条のほか、巨額かつ重大な国際収支赤字に対処するため大統領が15%を超えない範囲の輸入課徴金などを、150日を限度に賦課できる1974年通商法122条、外国が米国に不利益をもたらす差別待遇を採用していると大統領が認定した場合に当該国からの輸入に対し最大50%の追加関税を賦課できる1930年関税法338条等があります。つまり、IEEPA以外にも追加関税を課すための方法がいくつもあります。

国際法の観点からも米国通商法に基づく追加関税賦課などの一方的措置はWTO違反の可能性が高いでしょう。しかし、WTOによる紛争解決機関(DSB)が機能停止に陥っている状況では、WTO違反が追加関税措置の抑止力にはなりません。

また、米国は近年WTOを重視しておらず、仮に紛争解決機関がWTO違反と判断しても、米国が従わない可能性が高いでしょう。

なお、これまでトランプ政権の追加関税措置に対して、憲法上通商を規制する権限を有する議会が沈黙しています。沈黙の理由のひとつは、短期間に大量の行政命令を出すことで議論すべき対象を絞らせない「情報洪水戦略(Flood the Zone Strategy)」です。

トランプ大統領は政権発足から100日を迎える4月29日までに143本の大統領令を発表。バイデン前大統領は4年間で162本、オバマ元大統領は2期8年で276本。あまりにも多くのことを政権が実施しているため、様子見するしかない状況をあえて生み出しています。

但し、来年11月の中間選挙が近づくにつれ、議会の影響力は増してくるでしょう。追加関税によってインフレ率が一層上昇し、食品や日用品の価格が上昇すれば、追加関税措置の緩和や反対を求める声が大きくなります。IEEPAに基づく権限行使に必要な緊急事態宣言は上下両院の単純過半数の決議によって解除できますので、そうした事態になる可能性も想定できます。

以上のとおり、関税措置はその内容が変遷しています。政権の意向、司法の判断、議会の関与などに加え、産業界や市場の反応、貿易相手国の対抗措置など、関税措置の行方に影響を与え得る様々な要因があります。また、トランプ大統領が関税を交渉手段として利用する限り、想定外・奇想天外な措置をとることも考えられます。今後も予測困難な状況が続くでしょう。

3.初代財務長官

ところで、ベッセント財務長官は初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンを「関税政策の推進者」と紹介しています。事実関係について少し整理してみます。

1789年に財務長官に就任したハミルトンは、独立直後の財政基盤整備を主導し、米国の信用力強化と経済発展の基礎を築きました。

ハミルトンは財政収入の主要財源として関税を重視しました。当時の米国は所得税制度を持たず、政府歳入の大部分が輸入品に課す関税と酒類などへの物品税によって賄われていたためです。

1791年、ハミルトンは「製造業に関する報告書」(Report on Manufactures)という有名な政策文書を議会に提出しました。

その中でハミルトンは、米国の経済自立と産業育成のために幼稚産業保護(infant industry protection)としての関税、 国内製造業を助ける補助金、輸入品への課税強化を提案しました。

これは後の「アメリカン・システム」(ヘンリー・クレイ等による保護関税政策)の思想的源流になりました。

当時、米政界ではハミルトン(連邦党)等が 強い中央政府・製造業育成・関税財政 を支持する一方、トマス・ジェファーソンやジェームズ・マディソン(共和党)等が農業中心社会・自由貿易的志向 を支持し、過度の関税に懐疑的な姿勢をとっていました。

こうした歴史的事実からすると、ハミルトンを「関税政策の推進者」 とするベッセント長官の評価は事実に即しています。

但し、彼の関税論は単なる財源確保ではなく、 新興の米国経済をヨーロッパの工業国(特に英国)に依存させないための産業育成策でした。したがって、米国史においてハミルトンは「連邦財政の確立者」と同時に「保護関税の先駆者」として位置づけられています。

要するに、初代財務長官ハミルトンは確かに「関税政策の推進者」と評価でき、その目的は、政府財政の安定と国内製造業の育成でした。

ハミルトンの政策はその後の米国の関税論争、南北戦争前後まで続く「自由貿易 vs 保護貿易」論争に影響しています。

ハミルトンの関税思想の基本は、独立直後の巨額の戦債を賄うための財源確保と産業育成が柱であり、国家が経済に積極的に介入し、工業基盤を整備すべきとする近代的な「経済ナショナリズム」の先駆的主張であったと言えます。

19世紀前半になると、綿花輸出に依存している南部は農業中心の自由貿易志向のジェファーソン派(共和党)が関税強化に反対する一方、製造業を基盤とする北部はハミルトンの主張を継承し、関税に賛成する連邦党・ホイッグ党(後の共和党)が勢力を強めました。

そして、上述の「アメリカン・システム」という言葉が生まれ、保護関税、国内インフラ整備への連邦投資、国立銀行の維持等々の主張が体系化され、米国近代化・工業化の流れを生み出しました。

こうした状況は、徐々に南北対立を深めました。南部は農業中心で、綿花を輸出して工業製品を輸入する経済構造なので高関税は不利益となり、自由貿易志向です。一方、北部は工業中心で、国内産業保護のために高関税を歓迎しました。この南北の利害対立は南部の奴隷制問題とも結びつき、やがて南北戦争へ発展していきます。

1828年に制定された「高関税法(Tariff of Abominations)」は北部に有利な内容であり、南部で激しい反発を招き、サウスカロライナ州の「無効化論争(Nullification Crisis)」に繋がりました。これは南北戦争に至る経済的・政治的前哨戦だったと言えます。

南北戦争は北軍が勝利し、保護関税路線が確立。19世紀後半、米国が世界最大の工業国へ発展する契機となりました。ハミルトンが唱えた「関税による産業保護」の効果が長期的に実証されたと言えます。

20世紀に入ると、第1次世界大戦、世界貿易拡大と大恐慌を経て、自由貿易の必要性が強調されるようになりました。1934年の「相互通商協定法(Reciprocal Trade Agreements Act)」以降、米国は関税引下げ、多国間貿易体制にシフトしましたが、それでもハミルトン以来の「産業保護・国家介入の伝統」は現代の通商政策や産業政策(例えば半導体補助金)等にも影響を残しています。

以上のとおり、ハミルトンの関税政策は、財政基盤確立、国内製造業育成という2つを柱として、後の「アメリカン・システム」という主張に受け継がれ、南北対立の火種となり、南北戦争後は米国を工業大国に押し上げる原動力となりました。そして、今日でも戦略的な産業保護政策として影響を残していると言えます。

(了)

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