いわゆる「高市トレード」で株価が高騰しています。株価高騰で日銀の金融政策も利上げがしやすくなったと言えます。もちろん、長期金利への影響は要注意ですが、「出口」戦略の推進には好環境になっているとみるべきでしょう。次回の政策決定会合が注目されます。
日本銀行による国債購入の歴史は長く、その目的や位置づけは時代とともに大きく変化してきました。
戦前及び終戦直後には財政赤字の補填のために国債を直接引き受けたことがありました。戦後においては、それがインフレを悪化させた経験から、1949年の日銀法改正以降は「直接引受けの禁止」が原則とされました。
これにより、日銀が国債を購入する場合には公開市場操作を通じて行うことになり、あくまで金融政策の一環に位置付けられ、以後、短期的な資金調節手段にとどまっていました。
しかし、バブル崩壊後の日本経済は長期停滞とデフレに直面し、従来型の金融政策は限界を迎えました。
2001年に導入された量的緩和政策では、日銀当座預金残高を増加させることを目的に国債の大量購入が行われました。これは国債買い入れを金融調節の補助ではなく、政策の中心的な手段として用いた初めての事例です。
2006年のデフレ脱却宣言でいったん終了したものの、2008年のリーマンショック後には再び拡大され、金融市場の安定化を狙った国債購入が実施されました。
本格的な転換点は2013年の黒田総裁による「異次元緩和」です。量的・質的金融緩和(QQE)では、年間80兆円規模の国債購入を行い、平均残存年限も7年以上にまで延長されました。
日銀は長期金利を押し下げ、2%の物価目標を実現することを狙いましたが、巨額の買い入れによって国債市場の流動性は著しく低下。市場参加者の間では「日銀が事実上の国債市場そのものになった」とすら評される状況が生まれたのです。
2016年には量的拡大路線が限界に達し、新たにイールドカーブ・コントロール(YCC)が導入されました。
これは、国債の買入額ではなく、短期金利と10年国債利回りを直接ターゲットに据える政策です。金利水準を日銀が誘導するため、国債購入は目標達成に必要な量を機動的に行う方式に変わりました。この結果、国債購入額は柔軟化されたものの、日銀の国債保有残高は膨張を続け、政府債務残高の約半分を占めるに至りました。
2022年以降、世界的なインフレ圧力の高まりの中で、日本だけが超金融緩和を続けることの副作用が顕在化しました。
2022年12月にはYCCの許容幅が0.25%から0.5%に拡大され、2023年にはさらに柔軟化が進みました。
そして2024年3月にはマイナス金利政策が解除され、YCCも終了しましたが、国債購入は市場安定のため継続されています。
2025年時点で日銀は約600兆円の国債を保有しており、出口戦略はきわめて困難な課題です。
売却による市場混乱を避けるため、基本は「償還による自然減少」がとられるが、数十年単位の長期戦略が不可避です。今後も国債購入は、金融政策の有効性と持続可能性をめぐる最も大きな論点であり続けます。
日銀が株式そのものを購入した事例は、2000年代初頭の銀行危機への対応として生じました。
1990年代末から2000年代初頭にかけて、日本の銀行は不良債権問題に直面し、保有する大量の株式が株価下落で含み損を拡大させていました。当時の銀行は自己資本規制の下で資本不足に陥る懸念が強まり、金融システム全体の安定を揺るがしかねない状況でした。
このため、2002年11月、日銀は「銀行保有株式引受け制度」を設け、金融機関から株式を直接引き受ける政策を開始。これは金融緩和ではなく、あくまで金融システムの安定を目的とした危機対応措置であり、購入先は銀行に限定され、規模は約2兆円とされました。株式購入は2004年9月まで継続され、日銀は一時的に銀行保有株を肩代わりする形となりました。
その後、日銀は取得した株式を長期保有するのではなく、一定期間経過後に市場で売却する方針をとり、2007年10月から売却を本格化させましたが、2008年のリーマンショックで市場が急落したため売却は一時中断。
最終的に2025年7月、保有していた株式の売却を完了し、この政策は幕を閉じました。
この株式購入は、銀行救済と金融システムの安定化を目的とした一時的措置であり、景気刺激や物価上昇を狙った金融政策とは性格が異なります。
後に日銀が行ったETF(上場投資信託)購入と混同されることが多いですが、両者は根本的に異なります。株式購入は金融危機対応の「特例」、ETF購入はデフレ脱却を目指す「政策手段」としての恒常的枠組みであり、その性格の違いは明確です。
日銀によるETF購入は、2010年の包括的金融緩和政策の一環として導入されました。これは、国債買入れだけでは資産価格やリスクプレミアムの調整効果に限界があると判断されたことが契機です。
2010年12月から本格的に開始されましたが、当初は年間4500億円程度と比較的小規模でした。
転機は2013年、黒田総裁のもとでの「異次元緩和」です。アベノミクスの成長戦略とも連動し、ETF購入は大幅に拡大されました。株価の押し上げを通じて資産効果をもたらし、消費や投資を刺激することが狙いとされました。
日経平均やTOPIX連動型のETFが購入対象とされ、市場の需給に直接影響を与え、結果として、日銀は世界でも珍しく「株式市場の最大の投資主体」となり、株価形成に強い影響を持つに至りました。
特に2016年以降は購入額が急増し、一時は年間6兆円規模にまで達しました。さらに2020年のコロナショックでは株価急落に対抗するため、購入枠が12兆円に拡大されたこともあります。
こうした介入は短期的に市場安定に寄与しましたが、同時に「官製相場」との批判も強まりました。株式市場における日銀の存在感が大きくなりすぎ、価格発見機能が歪められているとの懸念が広がったのです。
2021年には政策点検が行われ、ETF購入についてはTOPIX連動型に一本化するとともに、年間購入額の明確な目標を廃止し、必要時のみ購入する方針に転換。つまり、常時の株価下支えから、危機時のセーフティネット的役割へと変化しました。
2025年時点で日銀は依然として巨額のETFを保有しており、評価益は膨大であり、売却の出口は難しい課題です。大量売却は市場に大きな混乱を招くため、償還や分配金の再投資抑制など、長期的な自然減少を中心とした戦略が採られると見込まれていましたが、後述のとおり、9月に政策変更に至ります。
ETF購入と並んで導入されたのがREIT(不動産投資信託)の購入です。2010年10月の包括的金融緩和政策で決定され、12月から開始されました。背景には、不動産市場の不安定さと資産デフレ圧力があり、不動産価格を下支えして資産効果を期待する狙いがありました。中央銀行がREITを直接購入するのは世界的にも極めて珍しい措置です。
2013年の異次元緩和では購入規模が拡大され、年間最大900億円の枠が設定されました。仕組みとしては、東京証券取引所に上場しているJ-REITを市場から買い入れる方式がとられ、保有比率は発行口数の5%を上限としました。低金利政策と相まってREIT市場への資金流入を促し、不動産価格の安定に寄与しました。
2020年のコロナショック時には市場混乱を受けて購入を一時的に加速し、不動産市場の急落を防ぐ役割を果たしました。
しかしREIT市場はETF市場に比べて規模が小さく、日銀の介入が価格形成を歪めやすいという問題がありました。
このため2021年の政策点検では、REIT購入を「必要な場合に限り行う」という方針に変更し、定常的な購入は行わなくなりました。事実上の縮小であり、以後は保有残高を維持しつつ、新規購入は停止しています。
2025年時点で日銀は一定のJ-REITを保有していますが、ETFに比べてはるかに小規模です。出口戦略としては、ETFと同様に市場売却ではなく償還や時間の経過による自然減少を基本としています。
REIT購入は、デフレ脱却を目指す異次元緩和の一環としての歴史的役割を果たし、現在はその役目を終えつつあるといえます。
2025年9月18日、19日に開催された日銀の金融政策決定会合では、無担保コール翌日物金利の誘導目標を「0.5%程度」で据え置く決定がなされました。
ただし、委員のうち2名は0.75%への引き上げを主張し、政策委員会内部に利上げを求める少数派の存在が明確となった点は注目されます。
金利水準に関しては多数派が慎重姿勢を崩さなかった一方で、タカ派的な意見が前面に出てきたことで、次回10月会合での追加利上げへの布石が敷かれたといえます。
また、資産政策に関しては、これまで保有してきたETFとJ-REITの段階的売却を開始することが決定されました。具体的には、ETFについては年約3,300億円(簿価ベース)、J-REITについては年約50億円を目途に市場で売却する方針が示されました。
売却方法は市場の需給に配慮しつつ、各銘柄の保有比率に応じて分散的に実施されます。これに伴い、ETF貸付制度は停止され、量的緩和の副産物である資産保有の「出口戦略」が一歩進んだ形となりました。
声明文では、日本経済は「一部に弱さを見せつつも、全体として緩やかな回復を続けている」との認識が示されました。米国による関税引き上げが輸出・生産に一時的な前倒し需要と反動減をもたらすなど外部環境の不確実性は存在しますが、企業収益は総じて高水準を維持しています。
消費者物価指数(除く生鮮食品)は2.5%から3.0%程度で推移しており、賃金上昇を背景とした基調的なインフレが持続している点が強調されました。これにより、日銀が物価安定目標である2%を超えるインフレ率の定着を確認しつつ、政策の正常化を探っている状況が鮮明となっています。
今回の決定は、金融政策の重点を「量」から「価格」へとシフトさせる大きな流れの一環です。
すでに2025年3月の会合で新規の資産買入れは終了しており、今回の決定によって保有資産の処分が具体的に始まったことは、出口戦略の実行段階入りを意味します。
また、委員会内での意見対立が表面化したことは、今後の利上げタイミングを巡る議論が本格化していることを示唆しています。市場に対しては「日銀が利上げの選択肢を保持している」という強いシグナルを発する結果となりました。
市場関係者の多くは、10月会合で0.25%ポイントの利上げが行われ、政策金利が0.75%に引き上げられる可能性を有力視しています。
現在、先物やOIS市場では6~7割程度の確率が織り込まれているとされます。利上げ判断の鍵を握るのは、基調的な物価上昇が持続するか、春闘を契機とした賃上げが今後も消費に波及するか、米国景気の減速や貿易政策が日本経済に与える影響をどう評価するか、政策委員会内のタカ派意見が多数派に転じるか、の4点です。
ベースシナリオとしては、コアCPIが2%を大きく上回る水準を維持していること、賃金上昇が企業収益の底堅さに支えられて継続していることから、追加利上げは「漸進的だが実施される」と考える向きが強いと言えます。
もっとも、米景気の減速や為替の変動など外部リスクが顕在化した場合には、10月の時点で見送り、年末以降に先送りされる可能性も否定できません。いずれにせよ、日銀は「データ依存・段階的な利上げ」という基本姿勢を崩さず、市場との対話を継続することが予想されます。
長期金利については、物価見通しと国債買入れ方針が複雑に絡み、引き続き変動性の高い状況が続く見通しです。
株式市場に関しては、ETF売却規模が市場全体の売買代金に比して極めて小さいため、需給面での影響は限定的とみられます。ただし、心理的には日銀の「出口モード」入りが確認されたことで、投資家のリスク許容度に変化をもたらす可能性があります。
為替市場では、日米金利差や米景気の不透明感に左右されやすく、日銀の政策スタンスが一段と注目される局面となっています。
結論として、9月会合での日銀の政策変更は、資産売却の開始と少数ながら利上げを求める意見の顕在化により、金融政策の正常化が次の段階に入ったことを意味します。
10月会合では0.75%への利上げが有力視されますが、外部環境次第では見送りの可能性も残されています。日銀は今後もデータに基づき慎重かつ段階的に政策を運営しつつ、市場との対話を重視する姿勢を継続するでしょう。
(了)