政治経済レポート:OKマガジン(Vol.191)2009.5.6


補正予算案の国会論戦は7日から本格化します。景気は厳しい状況が続いていますが、財政事情も緊急事態。「貧すれば鈍す」というような予算案を可決し、将来世代に一段と過酷な借金を残すことのないように、中身をシッカリと議論し、「否決すべきは否決すべし」という姿勢で臨みます。


1.賢明な支出

私事ですが、大学時代の研究テーマはケインズ。恩師(故伊達邦春先生)の専門はシュンペーター。20世紀前半の経済学をリードした両巨頭です。

いわゆるケインズ政策は、不況期の需要不足を補うために財政出動を行うことと理解されていますが、ケインズは「財政出動の中身は何でも良い」と主張した訳ではありません。

大恐慌発生から3年後の1932年、ケインズは新聞(マンチェスター・ガーディアン)紙上で「賢明な支出(Wise spending)を促進することが国民の義務である」と指摘しました。

名著「一般理論」を執筆した翌年の1937年、今度は「人口減少の経済的帰結」という有名な講演の最後に「Pの悪魔を封じ込めても、対応に失敗するとUの悪魔に取り憑かれる」と述べました。

「Pの悪魔」とは人口(Population)爆発のこと。一方、人口が減少し始めると慢性的な需要不足に陥り、不況は失業(Unemployment)を生み出します。つまり、「Uの悪魔」は失業増加を意味します。

両者をつなぐ対応が「賢明な支出」であり、それに失敗すると不況と失業に晒されます。では、「賢明な支出」とは何でしょうか。

シュンペーターは名著「景気循環論」の中で、「企業家のイノベーションがなければ経済の推進力が失われる」と指摘。

両巨頭の言に従えば、イノベーションを誘発するような財政出動こそ「賢明な支出」ということになります。

既に人口減少が始まっている日本。経済の「ゼロ%成長」を維持するだけでも、労働者1人当たりの生産性が労働人口減少分だけ上昇することが求められます。

しかし、生産性イコール労働生産性ではありません。生産性は、資本蓄積(資本装備率)や技術革新にも影響されます。「賢明な支出」を「生産性を上昇させる支出」と定義すると、労働者の勤労意欲や資本蓄積、技術革新を高める支出こそが「賢明な支出」ということになります。

世界の「Pの悪魔」によって食料・エネルギー危機に直面する日本。国内では「Uの悪魔」と対峙しています。経済政策は正しく運用すれば「悪魔」を撃退する「魔法」になるかもしれませんが、誤れば「悪魔」にさらに「魔力」を与えます。

ふたつの「悪魔」に立ち向かうために、両巨頭の理論を正確に理解した適切な経済政策が必要です。

2.亡国の予算

翻って、今回の補正予算案。真水ベースで表面上15.4兆円、雇用調整助成金や減税分、当初予算の予備費減額分を除くと13.9兆円。戦後最大の補正予算案です。

しかし、論戦に先立ち、連休前に霞が関から提出された関連資料を見て愕然。予算の規模ではなく、中身に驚きました。

予算全体の約2割に当たる2.9兆円が独立行政法人と公益法人への支出。そして、支出先に在籍している天下り官僚は判明しているだけでも実に906人。いったい、誰のための補正予算なのでしょうか。

さらに驚くべきことに、新設分も含めた58基金に何と予算全体の約3割、4.6兆円の資金を投入。基金に投入される資金は、今後数年の間に霞が関の裁量によって使われていきます。

独立行政法人、公益法人、基金への支出は合計7.5兆円。補正予算の約半分です。しかも、省庁別にみると、当初予算の3.3倍の予算がつく内閣府を筆頭に、経済産業省は同1.3倍、環境省は当初予算の8割、農水省は同4割の補正規模。当初予算を上回ったり、あるいはそれに匹敵する規模の補正を行うことは常軌を逸しています。

文科省の補正予算には「アニメの殿堂」建設費315億円が含まれています。多くの国民や企業が塗炭の苦しみに喘ぐ中、冗談のようなこの事業には怒りを覚えます。

こうした予算を賄うための財源は大半が国債。補正予算における国債発行額は10.8兆円。当初予算での発行額34兆円、今年度実質成長率見込みの下方修正(ゼロ%からマイナス3.3%へ)に伴う税収減見合いの発行増分を加えると、今年度国債発行総額の50兆円超えは必至です。

当初予算における税収見通しは46.1兆円。戦後初めて国債発行額が税収を上回るでしょう。今回の補正予算案は、客観的に評価して、ケインズの主張した「賢明な支出」とはほど遠い「亡国の予算」と言わざるを得ません。

3.ポリビオス

「Pの悪魔」と「Uの悪魔」に直面する日本。多くの人が予測した事態ですが、おそらく予測よりも深刻な展開になりつつあります。

国会議員に初当選させて頂いた2001年にポール・ウォーレスという英国人経済ジャーナリストが出版した「人口ピラミッドがひっくり返るとき、高齢化社会の経済新ルール」という本に、次のような記述がありました(一部中略)。

「(経済成長が鈍化する理由は・・・)労働人口が減少することである。こうした予測が悲観的すぎると思うなら、1990年代の日本の不調を思い出すことだ」

「成長率は1980年代の4%から1%に落ち込んだ。生産年齢人口は減少してきていて、その減少の見通しが投資を押し下げている」

さらに、古代ギリシャ(紀元前2世紀)の歴史家ポリビオスが、大著「歴史」の中で古代ギリシャの衰退について記した次のような文章があります(一部中略)。

「(現在のギリシャでは・・・)子供のない者が多く、人口減少がみられる。都市は荒廃し、土地の生産も減退した。しかし、長期の戦争や疫病があったというわけでもない」

「人口減少の原因は、人間が見栄を張り、貪欲と怠慢に陥った結果、結婚を欲せず、結婚しても生まれた子供を育てようとせず、せいぜい1人か2人しか育てず、子供を裕福にして残し、また放縦に育てるために、この弊害は知らぬ間に増大した」

念のためですが、古代ギリシャの衰退について記した文章です。現代日本のことではありません。

今回の補正予算案だけでなく、高度成長期以降の日本の財政運営と経済政策が内外の変化に的確に対処した内容であったのかどうか、その結果と責任が問われています。

「Pの悪魔」に直面しても減産傾向に対処できなかった農業政策、資源確保に失敗したエネルギー政策。

人口が減少に転じても自然破壊型の郊外開発を続け、中心市街地の過疎化、高齢化、資産価値低下を誘発している住宅政策や都市政策。

「賢明な支出」に腐心せず、利権化した不要不急の財政出動を続け、「Uの悪魔」を増長させ続けている予算。

あと4か月以内に行われる総選挙。日本が古代ギリシャの二の舞にならないかどうか、また日本が今後どのような歴史を刻むのか、全ては総選挙での選択にかかっています。国民の皆さんの判断に資するような国会論戦に努めます。

(了)


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