明けましておめでとうございます。13年目に入ったOKマガジンですが、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。来週1月13日(月<祝>)に「南海トラフ三連動地震とBCP/BCM」「政策リスクとBCP/BCM」というテーマで2部構成のセミナーを開催させていただきます。ご興味があれば、是非ご参加ください(詳しくは事務所までお問い合わせください)。
正月3日、アメリカンフットボールの日本選手権「ライスボール」が東京ドームで開催され、社会人代表オービックが学生代表関学大に34対16で快勝。史上初の4連覇です。
同じ日、JR有楽町駅近くで火災発生。新幹線が運転見合わせとなって大混乱。関学大は選手、スタッフ80人が試合に遅れ、参加できなかったそうです。
まさか試合当日にこんなアクシデントが起きるとは「想定外」ということでしょう。もっともなことです。
しかし、ここで「もっともなことです」で終わらせては、今回の悔しい経験が活きません。関学大の皆さん、来年以降、ライスボールに出場される場合には、少なくとも前日には東京入りしてください。
つまり「危機管理」。失敗やアクシデントが許されないイベントや会議には、準備にも日程にも万全を期す。万が一のことが起きた場合の代替策を考えておく。まさしく「危機管理」です。
「3.11」を契機に巨大地震に対する被害想定の見直しが行われています。これも「危機管理」。昨年3月18日には南海トラフ巨大地震の新たな被害想定が公表。死者32.5万人(2003年想定では2.5万人)、全壊家屋239万戸(同94万戸)、経済被害220兆円(同81兆円)に及びます。
これを受け、愛知県が5月28日、静岡県が11月29日に被害想定の見直し結果を公表。愛知県では全戸の16.5%に当たる38万戸が全半壊、静岡県では全人口の34.9%に相当する131万人が避難生活を余儀なくされると見込んでいます。
さらに12月19日、内閣府中央防災会議が首都直下地震の被害想定を公表。関東はプレート(岩板)が複雑に重なり、発生の可能性が指摘されるM7超級地震は21タイプ。
30年以内に70%の確率で起きるとされるM7級地震では、死者2.3万人、経済被害約95兆円の最大想定。
200年から400年間隔で発生しているM8級も被害概要も試算。M8級の関東大震災型地震が起きると、震度7の地域は神奈川県内34市区町村、東京湾岸埋立地や相模川、酒匂川沿いなどに広がります。
津波の高さは、三浦市10m、藤沢市・大磯町8m、鎌倉市・平塚市6m、東京湾内は2mから6m。海岸から内陸600mまで到達し、揺れや火災も含めた全壊・焼失建物は最大133万棟、死者は最大7万人。
余震が頻発し、ライフラインは断絶。鉄道や道路の運行再開・復旧には数か月を要し、経済被害は160兆円と推計。
なお、日本海溝から相模湾付近に延びる相模トラフで発生する「最大級」地震(M8.7)の被害については、発生頻度が2000〜3000年間隔で「確率が低い」として推計せず。
「発生確率が低い地震を想定しても現実的対策につながらない」という検討委員のコメントを新聞で読みましたが、どこかで聞いたような話です。
実際に発生すると、関東地方の企業、産業は長期間にわたって影響を受け、日本経済は壊滅状態。そうした事態を回避するために策定するのがBCP(Business Continuity Plan、事業継続計画)であり、それを断続的にレベルアップし、管理していくのがBCM(Business Continuity Management、事業継続管理)。
企業活動への影響が出る原因(地震、津波、火災等)に焦点を当てるのではなく、結果(人的被害、設備破損、工場停止、電力供給停止等)に着目し、そうした事態が起きた場合に、どのように事業継続を図るかを検討、準備することが肝要です。
BCP/BCMは、巨大地震等の災害対策だけを想定するものではありません。経営に影響を与えるのは自然災害や事故ばかりでなく、政策リスク(株価・為替・金利動向等)にも着目しなくてはなりません。詳しくは、1月13日のセミナーでお話しさせていただきます。
上記の南海トラフ巨大地震、首都直下型地震の被害想定を読んで「すぐに起きるわけでもないし、そもそもあくまで最大想定でしょう」と心の中で思われた読者がいるとすれば、既に「喉元過ぎれば熱さ忘れる」状況に陥っています。
「たぶん大丈夫だろう」と思う深層心理には、心理学的には様々な「認知バイアス」が影響していると考えられています。
2003年韓国大邱市の地下鉄駅構内で発生した停車中車両の放火事件(約200人が死亡)。出火直後の列車内映像が公開され、多くの人が驚きました。
車両内に煙が充満し、映像からは危険であることが一目瞭然。しかし、乗客は炎上寸前の車両内で黙って座っていました。
被害者の証言によれば、「何が起きているかわからなかった」「誰も逃げようとしなかったので、自分もしばらく様子を見ていた」とのこと。
全員が異常に気づきつつ、周囲の乗客が騒がずに座っているので自分も座っていたという事態は、「大災害につながるはずがない」「皆と同じようにしていれば問題ない」という「正常化バイアス」「同調バイアス」という現象と解釈されています。
危機的な現実を否定する「非常呪縛」に支配されていたと表現する心理学者もいます。「非常呪縛」の「金縛り」状態を破ったのは、車両全体がバックドラフト(爆発的燃焼)のように炎上し始める直前に誰かが発した「火事だ」の一声。
催眠術師が催眠(呪縛)を解く掛け声や合図のようです。我にかえった乗客はガラスを叩き割って炎上する車両から脱出しました。
2011年10月2日のNHK特集で、住民5600人のうち700人が津波の犠牲になり、人的被害率が最も高かった宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区の検証番組が放映されました。
津波到達は地震発生から1時間後であったものの、その間、住民は避難行動をとりませんでした。番組では、「何とかなる」「何も起きない」という根拠のない「正常化バイアス」が人々の心理に働いていたと指摘。
人が集団で事故や災害に遭遇すると、「正常化バイアス」「同調バイアス」「愛他バイアス」という3つの心理的要素(認知バイアス)が生まれ、危機回避から外れた行動をとったり、パニックを引き起こす傾向があるそうです。
「同調バイアス」による「非常呪縛」が集団の場合ほど発生し易いのは万国共通。しかし、周囲の「空気」に流される習性の強い日本人は相対的に「非常呪縛」に陥る危険性が高いと指摘されています。
欧米人の定番ジョークをご紹介します。沈没寸前の客船における各国国民の自己犠牲行動。救命ボートが足りず、誰かが犠牲にならないと全員が死ぬという極限状況です。
英国人に「あなたこそ紳士だ」と言うと粛然と海に飛び込んだ。米国人に「あなたはヒーローになれる」と言うとガッツポーズで飛び込んだ。ドイツ人に「これはルールだ」というと納得して飛び込んだ。 日本人には「皆がそうしてます」と言うと慌てて飛び込んだ。
日本人に対する悪意を若干感じるものの、それぞれの国民性を言い当てているからこそ、定番ジョークになっています。
「3.11」では、上述の「閖上地区の悲劇」や「大川小学校の悲劇」が発生した一方で、「正常化バイアス」を回避し、平時からの準備・訓練、臨機応変な判断・対応によって大勢の人命が救われた「釜石の奇跡」「大船渡小学校の奇跡」もありました。
巨大地震の想定被害の見直しが、単なる想定だけに終わったり、「正常化バイアス」や「同調バイアス」に流されて軽視されるようでは困ります。
その一方、過重な公共投資を行うための方便として使われることは許されません。最も重要な災害対策は、公共投資等のハード対策ではなく、災害時の行動原則や心構え等のソフト対策であることを忘れてはなりません。
巨大地震対策が十分かつ真摯に行われないとすれば、その原因のひとつが「正常化バイアス」。さらに、もうひとつ認識しておきたいのが「リンゲルマン効果」。
ドイツの心理学者リンゲルマン(Ringelmann<1861年生、1931年没>)が行った「綱引き実験」に由来する現象です。
1対1で綱引きを行う場合、2対2で綱引きを行う場合と、徐々に人数を増やし、それぞれの場合の1人当たりの力の入れ方を計測。
結果は、1対1の場合を100とすると、2人の場合は93、3人では85と漸減し、8人で綱引きした場合には49まで減少。
つまり、参加人数が増えるほど1人ひとりの力が発揮されないという現象が発生。集団で作業を行なう場合、人数が増えるほど1人当たりのパフォーマンスが低下するということです。
集団になるほど「他の人が何とかしてくれる」という手抜き心理が無意識のうちに働く「群集心理」の一類型と言ってもよいでしょう。
例えば、道で人が倒れている場合。他に誰もいなければ助ける人も、他に多くの通行人がいると行動が鈍るという現象も「リンゲルマン効果」の影響があると言います。
「リンゲルマン効果」は「社会的手抜き」とも呼ばれ、1964年の米国での女性暴行殺人事件が例示として用いられる場合があります(マンションで女性が被害に遭っていたものの、38人の住民が目撃していながら誰も警察に通報せず、結果的に被害者は30分後に殺害された事件)。
数年前に起きた中国での交通事故被害少女の放置死亡事件も同様の類型に属するでしょう。原因は「リンゲルマン効果」だけではないものの、群集心理的な「社会的手抜き」が影響していたことは否めません。
もちろん日本国内でも同種の事件事故は起きています。人口が多い大都市ほど「見て見ぬふりをする」「自分ひとりぐらい」という群集心理が影響する傾向は強いでしょう。
一般的な仕事でも同じことが言えます。複数メンバーが責任を共有する仕事では「リンゲルマン効果」が発生。
1人ひとりの責任を明確にし、個々に担当を割り振ると「自分がやらなければ仕事は終わらない」という自覚を余儀なくされます。
ちょっとした仕事のミーティングでも、自分が責任者ではない仕事では、よく言えば出しゃばらずに沈黙。違う言い方をすれば「他の人が何とかしてくれるだろう」という当事者意識の希薄さ、発言すれば責任を負わされるという忌避意識。
ビジネスの世界で、社員数の多い大企業よりも少人数のベンチャー企業の方が1人ひとりのパフォーマンスが高いという傾向と合致します。
ところで、福島第一原発事故の背景として指摘された過去の経過にも、「正常化バイアス」や「リンゲルマン効果」に類似した関係者の深層心理が垣間見えます。
GE社で営業運転実績がなかったマークⅠ(福島第一原発の型式)の導入、事故発生確率が低いので大丈夫という「安全神話」、2系統両方を近接地下室に設置した緊急時補助電源、採用されなかった防潮堤嵩上げ提言、「過去の例は稀」という理由で無視された最大津波想定等々、「想定外」ではなく「リスク軽視」「リスク対策排除」と言えます。
今後明らかにしなければならない当時の「政治的バイアス」「経営的バイアス」のみならず、関係者の深層心理に「正常化バイアス」「リンゲルマン効果」等が影響していたことを認識する必要があります。
「社会的手抜き」を防止するためには、「何のために」という目的意識の共有、「自分がやらなければ」という当事者意識の向上が不可欠です。
余談になりますが、楽観論が広がる株価や為替の先行き、アベノミクスの効用ですが、これらの捉え方にも「認知バイアス」の考え方は当てはまります。詳しくはセミナーでお話させていただきます。
(注)南海トラフ巨大地震についてはメルマガ287号(2013年5月20日)、「認知バイアス」や日本人の国民性については拙著「3.11大震災と厚労省」(2012年、丸善出版)やメルマガ297号(2013年10月10日)、300号(2013年11月28日)もご覧ください。
(了)